コラム

人間だけではなかった...「エピソード記憶」を使って計画を立てられるコウモリがいると判明 「後天的スキル」であることも明らかに

2024年07月22日(月)22時20分

しかも、コウモリが採餌に使うエリアはタンパク質に富む果樹は5%未満しかなかったのですが、タンパク質を求める個体は途中にある多くの糖分豊富な木には目もくれず、一直線に目的の木に飛んでいきました。

時には20~30分も離れた果樹が目的地でしたが、その木が遠いほどコウモリはより速く飛びました。つまり、飛び始めるときには目的地を定めていたということです。さらに、タンパク質を求めるコウモリが糖分の豊富な木を素通りしたことは、コウモリは満足を先延ばしにする能力も持つことを示唆しています。

以上から、「コウモリはコロニーを離れる前に未来の採餌について計画し、樹木が含む栄養の種類を把握して、どこに向かうかを考えている」と言えそうです。

ヨベル教授は、「私たちの研究は、オオコウモリが『どこ?』(目的の木がある場所)、『いつ?』(木が実をつける時期)、『なに?』(木が提供する栄養は糖分かタンパク質か)という問いを含む、非常に複雑な意思決定プロセスを実行できることを実証しました。人間と動物の認知能力のギャップは明確ではないようです。人間は、これまで考えられていたほど、特別な存在ではないかもしれません」と語っています。

イヌやネコの「エピソード的記憶」が検証される日

研究者たちが主張するように、コウモリに「エピソード的記憶」を使って過去を振り返り、未来を予測するような能力があるとすれば、イヌやネコもできるはずだと考える人は多いでしょう。

これまでの研究では、アメリカカケスやラット、ミツバチ、霊長類、そしてイヌやネコなどで、エピソード記憶に基づくような行動が見られたと報告されています。ただし、1972年に「エピソード記憶」という概念を提唱した当人である記憶研究者の第一人者のエンデル・タルヴィング博士(1927-2023)が、頑なに「人間だけのものだ」と反論していたため、あくまで「エピソード的記憶」と呼ばれ、検証は今後の課題となっています。

これまでは、イヌやネコは現在しか把握できないと説明されてきました。そこで獣医師も、死期の近づいたペットに対しては、今の痛みを取ることに注力してきたように感じます。けれど、もし余命宣告を受けた愛犬が「去年の夏、飼い主に連れて行ってもらった海はとても楽しかった。暑くなったら今年も連れて行ってもらえるだろう」と期待していたとしたらどうでしょうか。動物の延命治療に対する考えが、変わってくるかもしれません。

20250408issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年4月8日号(4月1日発売)は「引きこもるアメリカ」特集。トランプ外交で見捨てられた欧州。プーチンの全面攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

フィンランドも対人地雷禁止条約離脱へ、ロシアの脅威

ワールド

米USTR、インドの貿易障壁に懸念 輸入要件「煩雑

ワールド

米議会上院の調査小委員会、メタの中国市場参入問題を

ワールド

米関税措置、WTO協定との整合性に懸念=外務省幹部
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story