コラム

ヒトの直立二足歩行の謎をAI分析で解明 「骨格のプロポーション」が鍵に

2023年08月09日(水)15時40分
直立二足歩行

移動効率説、危機回避説……直立二足歩行を可能にした要因として様々な仮説が(写真はイメージです) Vilmos Varga-Shutterstock

<米テキサス大オースティン校などの研究チームが3万人分以上の骨格のX線写真をAIで分析し、同時に遺伝子解析も行ったところ──>

脚と脊椎を地面に対して垂直に立てて歩く「直立二足歩行」は、現存する生物のうちヒト(人類)だけが行えます。

最も古い人類は、今から700万年から600万年前にアフリカに現れた「猿人(えんじん)」と考えられています。脳の容量や知能はチンパンジーと変わらなかったと推測されますが、骨格化石や足跡化石から直立二足歩行していたことが明確に分かるので、最初の人類と分類されています。

では、人類を人類たらしめている直立二足歩行は、なぜ可能になったのでしょうか。ヒトの骨格はどのように他の動物と異なる進化をしたのでしょうか。

米テキサス大オースティン校などの研究チームは現代のヒト(現生人類)について、3万人分以上の骨格のX線写真をAIで分析し、同時に遺伝子解析も行いました。その結果、ヒトの直立二足歩行を可能にした「骨格のプロポーション(骨の比率とバランス)を制御する遺伝子」を発見したと、7月21日付の米科学学術総合誌「Science」で発表しました。

直立二足歩行について、今回の研究とこれまでに考えられてきたことについて概観しましょう。

直立二足歩行のおかげで高い知能を獲得?

ヒトの直立二足歩行の進化要因は未だによく分かっておらず、いろいろな仮説があります。

よく知られているものだけでも、食物を求めて広い範囲を動き回るには四足歩行よりも直立二足歩行の方がエネルギー効率は良くて疲れないからという「移動効率説」、直立二足歩行の方が四足歩行よりも目の位置が高いために遠くの外敵を早く発見できて危険を回避できたという「危機回避説」、ヒトが類人猿から分岐する過程で半水棲だったからとする「アクア説」、大脳が大きくなっていくうちに四足歩行ではバランスがとれなくなったと考える「バランス説」などがあります。

近年は、食料や道具の材料の木材や石などを1度にたくさん運べて都合がよかったからという「運搬説」が有力とされます。さらに運搬説の応用として、ヒトはオスがメスに気に入ってもらうために、あるいは子育て中のメスのために食べ物を運んだために直立二足歩行するようになったとする「プレゼント仮説」「子育て仮説」が脚光を浴びています。

直立二足歩行ができるようになったヒトは、頭を体の真上に置いて支えることが可能となり、体のわりに大きな頭部を持てるようになりました。その結果、体重に対して巨大な脳容積を獲得し、全動物の中で最も高い知能を得ることができました。また、腕(前脚)が歩行から解放されたことで、重い物を運んだり複雑な作業ができたりするようになりました。このことが、さらにヒトの知能を発達させたと考えられています。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシアがICBM発射、ウクライナ空軍が発表 初の実

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部の民家空爆 犠牲者多数

ビジネス

米国は以前よりインフレに脆弱=リッチモンド連銀総裁

ビジネス

大手IT企業のデジタル決済サービス監督へ、米当局が
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「ワークライフバランス不要論」で炎上...若手起業家、9時〜23時勤務を当然と語り批判殺到
  • 4
    習近平を側近がカメラから守った瞬間──英スターマー…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    クリミアでロシア黒海艦隊の司令官が「爆殺」、運転…
  • 8
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 9
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 10
    70代は「老いと闘う時期」、80代は「老いを受け入れ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国」...写真を発見した孫が「衝撃を受けた」理由とは?
  • 4
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    建物に突き刺さり大爆発...「ロシア軍の自爆型ドロー…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶり…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story