コラム

ヒトの直立二足歩行の謎をAI分析で解明 「骨格のプロポーション」が鍵に

2023年08月09日(水)15時40分

もっとも、直立二足歩行は良いことばかりではありません。

ヒトは腰痛になりやすく、重力の影響を受けやすいために他の動物ではほとんど見られない痔や胃下垂にも罹患しやすい傾向があります。脊椎動物では心臓や腹部、喉などの急所は胴体の前面にあるため、四足歩行の動物であれば地面との間に隠されるのに、ヒトでは常に晒(さら)されます。しかも、命に関わる急所である後頭部は、地面から高い位置にあるため不安定で、後ろに転倒すると危険です。

さらに、四足歩行の草食動物は生まれたばかりで立ち上がり歩行も可能ですが、ヒトが直立二足歩行をできるようになるのは生後1年前後です。ヒトの子供は自力で逃げられない、無防備な時期が長いという特徴があります。

ちなみに動物では、二足歩行自体はそれほど珍しい歩き方ではありません。ペンギンや一部の鳥類は常に二足歩行をします。ただし、ペンギンは脊椎と下腿骨(膝から足首までの骨)は地面に対して垂直に立てられますが、大腿骨は脊椎に対してほぼ直角で、常に膝を曲げた状態になっています。鳥類では二本の足で歩くものも多いですが、脊椎は地面と水平に近い角度です。常に直立で二足歩行することは、チンパンジーやゴリラなどの類人猿でもできません。

ヒトゲノムの145カ所が骨格形成に関与

今回の研究チームは、AIの機械学習を用いて、ヒトに特有な直立二足歩行を可能にした遺伝子を解明しようと試みました。

まず、英国バイオバンクの参加者3万人以上について、二重エネルギーX線吸収測定(DXA)で撮影した全身骨格の画像をAIに学習させて、すべての長骨(大腿骨、脛骨などの縦方向が幅よりも長い骨)の長さ、腰や肩の幅、骨同士の距離などを数値化しました。

次にそれぞれ骨格の特徴と参加者の遺伝子配列とを照らし合わせて、相互の関係を評価しました。その結果、ヒトゲノムの145カ所が骨格形成に関与していて、「骨格のプロポーション」をコントロールしていることが分かりました。また、すべての骨格のプロポーションは、遺伝性が高い(約30~50%)こと、四肢の比率は体の幅や胴の長さの比率とは相関していないことも示されました。

さらに、ヒトの腕と脚と腰の幅の比率が進化的に変化したことを示す遺伝子の証拠も見つかりました。これは化石を使った形態学的な研究の結果と一致しています。また、骨格のプロポーションに関する遺伝子は、心血管や自己免疫、代謝などの他の形質とは対照的に、ヒトと類人猿の間では著しく異なっていました。 

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ユーロ圏の銀行、ドル調達難で融資抑制のリスク=レー

ワールド

欧州首脳、ウクライナ停戦でトランプ氏提案への支持表

ワールド

インタビュー:高市新政権、「なんちゃって連立」で変

ワールド

為替はファンダメンタルズ反映し安定推移が望ましい=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 5
    TWICEがデビュー10周年 新作で再認識する揺るぎない…
  • 6
    米軍、B-1B爆撃機4機を日本に展開──中国・ロシア・北…
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 9
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 10
    【インタビュー】参政党・神谷代表が「必ず起こる」…
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 3
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 6
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 7
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 8
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 9
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 10
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story