コラム

ロボットを通じてALS患者の友人と過ごしたかけがえのない時間

2015年12月08日(火)12時13分

 ロボットベンチャーの老舗、ヴイストン株式会社の大和信夫社長によると、人間の脳は、人の形のものに反応するようにできているのだそうだ。人間の赤ちゃんにテープレコーダーに録音した両親の声を流しても、声をノイズとみなして言葉を覚えることがないという。聞こえてくる音声が、認識すべきデータなのか無視すべきノイズなのか。赤ちゃんの脳はその判断を、人の顔や人の形がそこに存在しているかどうかをベースに行っているらしいのだ。

 つまり人の形をしているだけで、人間の脳は特別な反応をするようになっているのだという。

 確かに僕の脳は、特別の反応を示した。高野さんがすぐそこに座っているような錯覚を覚え、久しぶりの再会に心が暖かくなるのを感じた。一緒にいることが嬉しくて仕方がなかった。人の形をしていることが、ここまで自分の感情に影響を与えることになるとは思っていなかった。

 スマートフォンやテレビ会議システムは、情報を伝達するのには十分な仕組みだ。しかしロボットは情報以上の何かを伝達することができる。その何かが何であるのかは、うまく言語化できない。でも、人の心を揺さぶる何かを伝達する仕組みとして、ロボットはこれからの社会に不可欠な存在になるかもしれない。そう感じた。

ロボットをサイクリングに連れ出す親、ロボットに抱きつく娘

 OriHimeは、今年の夏にサービスインし、これまでに数十台出荷されている。今のところ入院中の家族の分身として、家庭や学校に設置されるケースがほとんど。変わったところでは、急なケガなどで出席できなくなった家族、親戚のために、結婚式にOriHimeを出席させるサービスを提供する結婚式場も出てきた。

 吉藤さんによると、スマートフォンとOriHimeの使われ方の最大の違いは常時接続かどうか。スマートフォンは用事を伝え終えると通話を切る人が多いが、OriHimeは常に接続された状態にしているケースが多いという。

 入院している母親の代わりに自宅のリビングにOriHimeを設置している家族も、常時接続。息子が学校から帰ってくると、OriHimeが手を上げる。「おかえり」「ただいま」。「今日、学校どうだった?」「別に」。何気ない会話。そして沈黙。思い出したように「あ、お母さん、給食費を学校に持って行かないといけないんだけど」「うん、じゃあお父さん帰ってきたら、用意するようにお願いしておくね」。普段通りの会話だ。そしてテレビを一緒に見て、一言二言、会話する。母親は病院のベッドの上に設置されたテレビを見ることもできるが、OriHimeを通じて「一緒に」テレビを見たいのだという。

プロフィール

湯川鶴章

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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