「チンギス・ハーンの子孫の国」へも越境法執行を始めた中国警察
チャーチル、ルーズベルト、スターリンが参加したヤルタ会談でモンゴル分割が密約された U.S. National Archivesーvia REUTERS
<内モンゴル出身のモンゴル人作家が5月初め、訪問先のウランバートルから忽然と姿を消した。越境してきた中国警察によって拉致されたのだ。この拘束劇には在モンゴルの中国海外警察も協力した。もはや中国に批判的な外国国民にとっても他人事ではない>
私の手元に『紅色の革命』というモンゴル語の本がある。2012年に中国の内モンゴル自治区で出版されたもので、文化大革命を題材としている。著者の作家ボルジギン・ラムジャブ氏は2016年12月に私に1冊を贈り、拙著『墓標なき草原―内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録』(2009年、岩波書店)への返礼だ、と話していた。
そのボルジギン氏は5月3日に滞在先のモンゴル国首都ウランバートルで中国から越境してきた警察4人に拘束され、そのまま陸路で南へ拉致されていった。ラムジャブ氏の拘束には事前にモンゴルに展開していた中国の海外警察署も協力した、と見られている。国境を越えての法執行であるので、当然、モンゴル国の法律に違反しているが、ウランバートル当局は今のところ、公式の反応を示していない。
文化大革命は中国のタブーであり、少数民族地域での実態は更に触れることさえも禁止されている。内モンゴルの場合だと、公式見解では34万人が逮捕され、2万7900人が殺害され、12万人に身体障碍が残ったという。当時の内モンゴルのモンゴル人人口は150万弱で、中国人(漢民族)はその10倍近かった。モンゴル人が一方的に殺戮の対象とされ、あらゆる自治の権利が剥奪された運動だった。民族のエリート層が根こそぎ粛清された結果、「モンゴル人は中国の奴隷に転落した」、とラムジャブ氏も私も著書で書いた。もっとも、これは私たち2人の個人的な見解ではなく、大勢の人々にインタビューし、民族全体の声を発したに過ぎない。民族全体の本音を書いたから、中国当局の怒りを買ったのであろう。
中国は2019年にラムジャブ氏に有罪判決を言い渡し、その刑期が終わっても、自宅で「居住監視」の対象としていた。コロナ禍が一段落したこともあり、ラムジャブ氏は自宅のある内モンゴルを離れて同胞の国に渡っていたが、そこへ中国の警察が追ってきたのである。
内モンゴルのモンゴル人はよく、モンゴル国へ亡命する。そもそもモンゴルは万里の長城の外側全域を指す概念で、近代に入ってから南半分は中国と日本の勢力圏に、北の半分はロシア(後のソ連)の影響下にあった。1945年8月、当時のモンゴル人民共和国はソ連軍と共に南下し、同胞を解放して統一国家の創設を目指した。しかし、ヤルタ協定という密約により、南半分は中国に渡された(ちなみに北方四島もこのヤルタ協定の密約でソ連に引き渡された)。モンゴル人は日本統治時代を懐かしみながら、中国共産党の支配を甘受しなければならなかった。「親日的」だと見られたモンゴル人は文化大革命中に粛清され、生き残った人たちは北京のやり方に不満を抱くと、北へ逃亡するようになった。
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