コラム

フランスがEUに差し伸べる「核の傘」? マクロン大統領の新たな核ドクトリン

2020年02月10日(月)21時15分

新たな核ドクトリンを表明するマクロン大統領 Francois Mori/Pool via REUTERS

<マクロン大統領は、新たな核ドクトリンの中で、フランス核の欧州化を模索することを明らかにした。それは、フランスの核の傘をEU各国に差し伸べ、核抑止戦略をEUの枠の中で共通政策化することを意味しているのだろうか?>

フランスのマクロン大統領は2月7日、フランスの新たな核ドクトリンを表明した。

ただ、新たなドクトリンと云っても、実は核抑止論の根本に係る部分では、これまでのものと違いはない。すなわち、
① フランスの「死活的権益」を脅かす敵対国家は、「その国家の政治的・経済的・軍事的権力の中枢」に対する、フランスの核兵器による攻撃により、「絶対に受け入れがたい損害」を被ることとなる、
② フランスの核抑止力は、何が「死活的権益」に当たるかを判定する大統領の責任において、行使される、
③ フランスの核戦力は、「国際環境によって必要とされる厳密に十分なレベル」に維持される、
など、従来の方針の再確認にとどまり、その点では特に新味があるわけではない。

しかし、その中で注目を引くのは、マクロン大統領が、いわばフランスの核抑止戦略の欧州化(=フランス核の欧州化)を模索すると明らかにしたことだ。このことは常識的には、フランスの核の傘をEU各国にまで差し伸べ(=拡大抑止)、核抑止戦略をEUの枠の中で共通政策化しようという方向を示唆する。

こうした考え方は、当然フランスの核戦力保有の正当化という文脈の中で出てきているものであるが、実は今フランスは、そうした正当化の根拠には事欠かない。北朝鮮の核開発、イラン核合意の漂流、INFの失効、ロシアと中国の核戦力の増強など、核をめぐる国際環境の悪化は、否定すべくもない。

むしろ、今回マクロン大統領が心を砕いたのは、一つは核兵器の非道徳性の問題であり、もう一つはイギリス離脱後のEUの共通安全保障防衛政策(CSDP)の立て直しの問題であった。

前者については、フランシスコ教皇が長崎と広島で核兵器の非道徳性を訴えたことで、ヨーロッパの世論の中で反核論が強まっているという状況がある。これに対しマクロン大統領は、核廃絶の理想を認めながらも、「戦略的現実と結びつかない道徳的な絶対主義」と「法に基づかない単なる力関係への回帰という冷笑主義」以外の選択肢を探るべきだとして、現実の世界において国家間の暴力や脅迫がなくならないという現状において、「正当防衛」としての核抑止の必要悪論を展開しているが、従来からの議論の域を出るものではない。

イギリスのEU離脱とフランス核の欧州化

一方、後者については、核保有国イギリスが抜けたことによって、フランスがEU内で唯一の核保有国となってしまった中で、改めてフランスの核とEUとの関係が問い直される。新ドクトリンにおいてマクロン大統領は次のように主張している。

「ヨーロッパ人はまず何より増して、かれらの安全保障上の利益とは何かを共同して定義しなければならないし、また、ヨーロッパにとって何が良いことなのかを主権者として決定しなければならない。
(中略)
フランスの核戦力は、本来の抑止としての役割を果たすが、それは特にヨーロッパにおいてもそうである。それは、その存在そのものによってヨーロッパの安全を強化するし、その意味において、真にヨーロッパ的な次元を持つ。
この点に関し、フランスの意思決定の自立性は、ヨーロッパのパートナー諸国との揺るぎない連帯と完全に両立可能である。ヨーロッパ諸国の安全保障と防衛に対するフランスのコミットメントは、緊密さを増す我々の連帯の自然な表現である。明確に言えば、フランスの死活的権益は、もはやヨーロッパの次元にある。」

このように述べて、マクロン大統領は、「我々の共同安全保障におけるフランスの核抑止力の役割につき、準備のできているヨーロッパのパートナー諸国と、戦略的な対話を発展させる」ことを提唱している。そして、「この道にコミットするヨーロッパのパートナー諸国は、フランスの核抑止力の行使に関与できることとなる」とまで踏み込んでいる。

ここで注意しなければならないのは、具体的な方策にはまったく言及していないだけでなく、明確に拡大抑止や核抑止戦略の共通政策化を目指すとまでは言っていないことだ。なぜなら、それは極めて難しいことを、マクロン大統領も知っているからだ。

プロフィール

山田文比古

名古屋外国語大学名誉教授。専門は、フランス政治外交論、現代外交論。30年近くに及ぶ外務省勤務を経て、2008年より2019年まで東京外国語大学教授。外務省では長くフランスとヨーロッパを担当(欧州局西欧第一課長、在フランス大使館公使など)。主著に、『フランスの外交力』(集英社新書、2005年)、『外交とは何か』(法律文化社、2015年)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏メディア企業、暗号資産決済サービス開発を

ワールド

レバノン東部で47人死亡、停戦交渉中もイスラエル軍

ビジネス

FRB、一段の利下げ必要 ペースは緩やかに=シカゴ

ワールド

ゲーツ元議員、司法長官の指名辞退 売春疑惑で適性に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story