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最新ポートランド• オレゴン通信──現地が語るSDGsと多様性

山本彌生|アメリカ

移民から裁判官へ、ポートランドでは裁くだけが仕事じゃない⁉

2021年の国勢調査のデータから見ると、現在のポートランドの人口は、約65万6千人。人種の割合は、77.4%が白人。9.7%がヒスパニック系。そして8.2%がアジア系。黒人系は、5.8%のみ。州・郡・市の公的機関が今、いかに多様な包摂を公平に行っていくのか。多くのマイノリティー市民が注目をしています。 Photo | iStock

長い人生の中で、裁判所に行く経験をする人はあまり多くないかもしれません。とはいえ、訴訟の国のアメリカ。日本人に比べるともう少し生活の身近にあるというのも事実です。

ポートランドの中心部に掛かり、町のシンボルにもなっているウィラメット川。その川沿いに、新しい裁判所が2020年10月に完工されました。

ダウンタウン地区を中心に管轄する、モルトノーマ郡(地域)。その全域をカバーする、オレゴン一大きい耐震建築がされた裁判所です。

2021年8月。ブラウン州知事は、その新裁判所に新たに女性2名を裁判官として任命しました。「白人の多いオレゴンの中で、この郡(地域)は、多種多様な事件を扱う割合がずば抜けて多い。また複雑化された問題が倍増。多様化する人口に対応している適任者が、選ばれたのは喜ばしい限りです。」

そして、その一人がシャンポーン・シンラパサイさん。移民出身かつアジア人女性として、唯一の裁判官として務めます。自分の弁護士事務所での15年の経験、暖かさ、公平かつ効率的に案件を処理できることで有名な方です。多くの市民にとっては、裁判官というより信頼できる『近所のおばちゃん』的な太陽のような存在でもあります。

大きな笑顔と心を持つ彼女。裁判という『場』を通して、地域をどのように活性化していきたいのか。

このコロナ禍で苦しんでいるのは、日本もポートランドも同じこと。弱者が、より辛い思いをしがちなご時世。今の社会、そして『あなたの心をほんの少し開放してあげる』ヒントが読み解けるかもしれません。

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Photo | Honor Chanpone Sinlapasai / Multnomah County Courthouse

| 背筋をのばし、感性を研ぎ澄まして

ラオスから難民として、アメリカにやって来たシャンポーンさんと家族親族。当然のことのように、非常に貧しい住宅地区からの生活が始まりました。

それでも、アメリカで生きている。まるで夢のようだった。そう、当時を思い出して語り出します。

「ラオスから逃げ出した後、身を寄せたタイの難民キャンプではマラリアにかかったり。ひもじさと辛い思い出ばかりでした。いつ死ぬかもしれないという、恐怖の日々。ですから、アメリカで生活を始められた時には、貧困層が多い住宅地区であれ、なにより雨風をしのぐ場があり、口に入れるものがある。それだけでも、安心な場所と感じたのです。」

しかし、そこからは茨の道。親族誰一人、英語が話せません。当然、アメリカの公的ルール、仕組み、手続き、法など分かる訳がありません。不安と共に、家族を代表する形で必死に英語を学び勉強に励む。すると、徐々に見える光景が変わってくる経験をしていきます。

自分が得意とする分野を努力していけば、自分の歩んで行きたい道を自分で選びとれる。そう考えるようになりました。

一族の中で初めて大学に進学をして、寝ずの努力で法学博士号を取得。そこから移民専門の弁護士となり、窃盗、売春、(家庭内)暴力事件など、貧しい移民特有の問題の手助けをしていきます。

15年前には、自分の弁護士事務所を設立。その間、FBI連邦捜査局アカデミー委員、反人身売買タスクフォース、移民難民コミュニティー諮問委員などを務め上げながら、地域の無料移民医療センターボランティアを設立運営していきます。

このような多くの長年の働きが、今回の裁判官任命に結びつきました。「動機ですか? ただただ、生涯をかけて地域社会に貢献をしたかった。自分のやりたいことに、正直に進んできただけなんです。」

裁判所に行く羽目になるような人生を歩みたい。そんなことを思って、人生を歩んで来た人は一人もいないはず。でもそのような羽目になってしまった人に、裁判所で経験して欲しいこと。それは、公的な人間に自分自身を見てもらい、公平に話を聞いてもらうことです。そして裁判のプロセスが、法律の下で公正であったと感じてもらいたい。そう言います。

「理想論に聞こえますか? でも、心を尽くしながら現代に合った理想を語らなければ、地域という場は変わっていかないでしょう。」

そう微笑む彼女が、日々心に刻んでいるキング牧師の言葉があります。

We are not makers of history.  We are made by history. 

私たちは歴史を作る者ではない。歴史によって作られた者なのだ。

貧しい移民の子として学校に行く辛さ。長い間、英語の読み書きができない理由からの成績不振。頑張っても頑張っても、先の見通せない生活と経済環境。

文化的背景から、両親は口々に「お金持ちと早く結婚をして親戚一同の面倒をみて。楽をさせて。それが唯一の救われる道だから。」と言われ続ける日々。低所得者の生活の辛さを知っているからこそ、それに答えたい。そう思った時期もありました。

でもシャンポーンさんは、自力で開拓して前進して行かなければ扉は開かない。そのことをアメリカの教育から徐々に学んでいきました。

平行して、自分と同じ立場の移民やマイノリティーの『失敗を助ける』という経験を積んで行きます。

「いい意味でも悪い意味でも、あなた自身は『社会や世間、親や友人が望むよう』に行動したり発言しがちです。

そこから、自分の心にひずみが出来る。または、知識の欠陥からトラップに陥る。この世の中には、自分では想像をしていなかった道に進んで行ってしまうことがあまりにも多い。

ですから私は、裁くのではなく『その人の、本来のベストな状態』を探しあてるために、目を開き、耳を傾け、手助けをすること。そして彼らに希望を与える言葉をかけるのです。これが、私の務めなのです。

日々、おごる気持ちを持たないように。自分の命をこの世に与えてくれたご先祖様にお祈りをしてから、黒いローブに袖を通すようにしているんですよ。 」そう言って、てへっと笑うキュートな姿に温かさがこぼれます。

次ページ アジア人として、女性として。そして、弱者と感じているあなたへのメッセージ

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著者プロフィール
山本彌生

企画プロジェクト&視察コーディネーション会社PDX COORDINATOR代表。東京都出身。米国留学後、外資系証券会社等を経てNYと東京にNPOを設立。2002年に当社起業。メディア・ビジネス・行政・学術・通訳の5分野を循環させる「独自のビジネスモデル」を構築。ビジネスを超えた "持続可能な" 関係作りに重きを置いている。日系メディア上のポートランド撮影は当社制作が多く、また業務提携先は多岐にわたる。

Facebook:Yayoi O. Yamamoto

Instagram:PDX_Coordinator

協働著作『プレイス・ブランディング』(有斐閣)

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