ミャンマーでエンタメとクリエイトする日々
ここで一つ、少しだけこれまでを振り返ってお話したいと思います
皆さん今晩は。
今回が今月最後の記事になりますので何かテーマを一つ決めてお伝えするというよりは今考えている事を何となく綴っていきたいと思っています。
本当に一筆書きにしようと思っているので、これを書き始めた現段階ではどこに着地するのか自分でもよくわかりません。
気楽に読んでいただければと思います。
このWorld Voiceで連載を始めさせていただいてから2年が過ぎました。
今数えてみれば今回の記事で132本目になるみたいです。
一本の記事で2000文字として264,000文字以上の言葉を綴ってきた計算になります(実際にはもっと多いと思います)
私がこの連載の話しを貰ったキッカケはこのnoteの記事がきっかけでした。
この事件がキッカケで様々なメディアから取材を受けたりして事件の事を取り上げてもらう中で、自分からももっと積極的に発信していくべきだという想いは強くなっていました。
そうした時にこの記事がWorld Voiceの方の目に留まり連載の仕事までいただけるようになったのは本当に幸運な事だと思います。
わざわざお話をいただいたので少しでも早くプラットフォームに貢献できるように、また自分の存在とミャンマーの存在をより多くの人々に知ってもらうために39日間連続で記事を上げ続けたのも今となっては良い思い出です。
以前にこのWorld Voiceの記事でもお伝えしているのですが、私の文字での発信はここと、noteの他にとある非公開の場でしているものがあります。
そちらは2019年から始めていて、今でもひっそりではありますが続けています。
これまでの全ての文字発信を合わせると100万文字を超えています。
よくこれだけの言葉をミャンマーに関して発信できたなと我ながら思うところではありますが、このミャンマーという国の奥深さを語るにはまだまだ足りない気もしています。
これまでに何度も言っている事ですが、私はジャーナリストではありません。
こう表現しているのは、ジャーナリストではないからいい加減な事を言っても良いと言う意味では無く、あくまでエンタメに関わる人間としてミャンマーを見ているという事を読者の方にわかって欲しいからです。
どこまで行っても自分自身エンタメを作るエンターテイナーでいたいなと思い続けています。
それだけはこれからも変わらずやっていきたいと考えて、今日も皆さんに届ける言葉を紡いでいます。
最近はありがたい事に「ミャンマー」と検索すると私の記事が上位に上がってくることが増えました。
これまで2年やってきた事がこういう形で実を結んできたという事なのかもしれません。
今後も慢心せず、自分なりの、自分ならではの発信を続けていきたいと思っています。
「ミャンマーから世界に発信できるエンタメを作る」というのはミャンマーに行ってから思いついた事です。
2014年に現地に行って住むまで私は他のミャンマー通の方々に比べて、本当に何にも詳しくない人間でした。
今考えたらよくその状況で初めての海外生活をミャンマーにしようと決めたものだと自分で不思議になります。
たまたまミャンマーの英雄「ウ・アウンサン」の命日で祝日でもある7月19日にミャンマーに降り立ち生活をスタートさせた事も狙った訳では無くたまたまです。
これを最初に様々なメモリアルな事がミャンマーでは起こりました。
いつかその様々な話も皆さんにお伝え出来たら良いなと思っています。
映画を作ろうとしている私自身が映画のような経験を沢山してきました。
ミャンマーに住むようになって3ヶ月程たった頃だったと思います。
とある映画界のレジェンドに(その時はそこまでの人と意識した訳では無かったのですが)お会いする機会をいただき、自分なりにせっかくなので何かミャンマーの映画界の足しになるような事を言わなければと一生懸命考えた結果
「ミャンマーで国際映画祭をするべきで、その目玉作品は日本との共同制作が良いと思います」
という、お前は一体何様だというような大それた事を、まだ何の実績も無い日本から来ただけの若造(もはや若くも無かったですが)が言い放った事も、今から考えるとどれだけ心臓が強いんだと呆れるのを通り越して感心さえする程です。
思い返すとあの時からなのか、もっと後なのからなのか、今となってはどちらでも良い事ではありますが、そうやって自分が人に言い放った事、伝えた事などをどうにかこうにか成し遂げようとしてきたミャンマー生活でした。
勿論、今の私の体たらくを見ていただければわかる通り、まだそんな大きな事は成し遂げられていません。
ただ、あの時よりは確実にその道筋が見えている気がします。
まだ他の人からすれば何の確実性もないような事ではありますが。
長い長い、私のミャンマーでの出来事はまだまだ終演を迎える事なく続きそうです。
間違いないのは今後も沢山積みあがっていくであろうトラブルのエピソード数々があるという事でしょうか。
一筋ならではいかない私のミャンマー珍道中はこれからも続きます。
皆さんのお時間を少しだけいただいて、お付き合いいただければ幸いです。
それではまた。
著者プロフィール
- 新町智哉
映像プロデューサー。2014年からミャンマー最大都市ヤンゴンに在住。MAKE SENSE ENTERTAINMENT Co.,Ltd. GM。日緬製作スタッフによる短編コメディ「一杯のモヒンガー」でミャンマーワッタン映画祭のノミネートを皮切りに世界各国の映画祭で受賞。起業家、歌手、俳優としてもミャンマーで活動する。
Twitter:@tomoyangon
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