ミャンマーでエンタメとクリエイトする日々
ミャンマーと映画、エンターテインメントに生きる人々
皆さん、あけましておめでとうございます。
2023年が始まり、1月も既に後半に入っている訳ですが、いかがお過ごしでしょうか?
もう一月も終わるなという雰囲気を感じていて、今年もなんのかんのであっという間に過ぎていくのだろうなとありきたりな事を考えたりしております。
そのように時は過ぎていく日々ではありますが、ミャンマーはずっと待った無しの状態が続いております。
治安は悪化の一途を辿る状態でつい先日は比較的平穏と言われていたここヤンゴンで日本人が襲われる事件もありました。
間もなくクーデターから2年。
各国がミャンマーをウクライナと同じく危険レベルを最大の4(退避勧告)にしている中、日本は危険レベル2(不要不急の渡航を控えるよう要請)というなんとも言えない捻じれ状況をどれだけ内外の日本人が強く意識していくのかが大事だと思う日々です。
大変な時期ではありますが、ミャンマーエンタメも待った無しです。
という訳で今回はミャンマー映画界を語る上で絶対に外せない日本人監督を紹介したいと思います。
私より遥かに若い方ですが、遥か先を走る実績を持つ期待の監督です。
そして私のミャンマー仲間でもあり戦友とも呼べる方です。
そんな藤元監督との話を出会いからお話させていただきます。
その前に一つお知らせをさせてください。
今回の記事で紹介する藤元監督ですが、2022年から藤元組FILMサポーターズクラブというのを始め藤元組の映画製作などに関わる製作費などをサポーターの人たちによって支えるという活動を始めています。
第Ⅰ期は私を含め沢山の方の支えによって新しいベンチャー映画の形を見出して来ました。
今その第Ⅱ期のメンバーの募集中です。
暖かく見守るのは勿論、積極的に参加していく事も可能なサポーターズクラブに是非ご参加ください。
今年は私も更に積極的に参加していきたいと考えていますので、良かったらどこかでご一緒しましょう。
それでは本題です。
僕の帰る場所 (2017年)や海辺の彼女たち (2021年)で様々な国際映画賞を受賞しています。
更には、日本映画製作者協会がその年度で最も優れた新人監督を選出する第26回新藤兼人賞の金賞を受賞されています。
藤元組公式HPより
そんな藤元監督との出会いは2016年の11月。
当時一時期国していた私はFBで知り合ったミャンマー人の方と会う約束をしていました。
ミャンマーで活動しているニッチな存在の私にわざわざ声をかけてきてくれた方と新宿で会う予定をしていたのですが、そこで紹介されたのが藤元さんでした。
この方が藤元さんの奥さんだったのです。
日本人同士を紹介してくださったのがミャンマー人というなんとも面白い出会いでした。
一瞬「この方もミャンマー人なのか?」と思ったのですが、もしかしたら藤元監督もそう思っていたかもしれません(笑)
その時は若手の映像関係の方という印象で、そんなに時間が無い中、初めましてという感じでお互いのやっている事を軽く話した程度でした。
この次の年発表になる「僕の帰る場所」も当然発表前です。
しかし、この映画、実は私がミャンマーで暮らすようになる前2013年とかに実は少しだけ話を聞いた事がありました。
これは出会ってから随分後に気付いた事でしたが、当時ミャンマーの事を色んな方に話していた時にこんな活動があるよと映画製作の企画書か何かを見せられたことがあります。
ミャンマーを介した小さな縁が様々重なり繋がっていき、私たちは出会えたのだと思います。
次に藤元監督と交流を深く持つようになるのは彼がミャンマーで生活を始めるようになった2018年。
その頃私はフリーペーパー事業に力を入れてやっていた頃で、同じヤンゴンの地で活動を始めた藤元さんに取材を申し込みました。
その時の記事がこちらです。
「こんなに時間を取ってもらっての取材は初めてじゃないかな?」
と言われたのをよく覚えています。
良い感じのピザ屋さんで編集長と共に出かけて取材しました。
取材の後、食事してお酒を飲んで色んな話をしたんですが、本当に楽しい時間でした。
記事にも少し載っていますが、この時の話で最も印象に残っている話が一つあります。
藤元監督はいつも独特の撮影方法で映画を撮る方で、とある1テイクを撮るのに、役者さん2時間半もカメラを回し続けた事もあったそうです。
そんな特殊な撮影の仕方というのは中々撮影スタッフの方々にも理解しがたい事があり、よくぶつかる事があったそうです。
ある時、とあるスタッフさんが
「こんな無茶苦茶な撮影していったいどうなるっていうんだ!」
と言われた時の藤元監督が返した言葉が私的には衝撃でした。
「僕だってわかんないですよ!!」
この言葉を聞いた時に、この人は凄い監督だと思いました。
未知の映像を撮る為に予定調和をぶち壊すような挑戦をしているのだなと。
そして思いついたとしても中々実行する事は難しいと思います。
役者さんを始め様々なスタッフさんの時間を無駄にする可能性もある訳ですから。
若いのにこの胆力は凄いと思いました。
様々な賞を受賞している藤元さんですが、決して順風満帆という訳ではなく、映画を撮る時はいつも苦労しているそうです。
ですが、泥臭く活動を続ける藤元監督に大きな勇気をもらったのを今でも鮮明に覚えています。
その後、外国人技能実習生のベトナム人の女性たちのリアルを描いた作品
「海辺の彼女たち」
を製作こちらも様々な賞を受賞しています。
今回紹介している「藤元組FILMサポーターズクラブ」ではその製作の裏側なども公開しています。
同じ映画人として凄く勉強になります。
さらに今年は藤元組として新しい試みも予定されています。
これも一般公開を前に一緒に参加しながら行っていけるような企画なので、今から私もワクワクしております。
是非新しい映画作りの形を皆さんとご一緒できたら幸いです。
勿論、良い刺激をもらいつつ私も自分の映画企画を進めていきたいと思います。
もしかするとその企画も藤元組と一緒出来たりしたら良いなぁなんてことも考えてみたりみなかったり。
映画作りって最高ですね。
やっぱりエンタメに関わっているのが一番幸せです。
今年も頑張っていきたいと思います。
引き続きミャンマーに、そしてミャンマーと活動する人たちに注目していただければと思います。
それではまた明日。
著者プロフィール
- 新町智哉
映像プロデューサー。2014年からミャンマー最大都市ヤンゴンに在住。MAKE SENSE ENTERTAINMENT Co.,Ltd. GM。日緬製作スタッフによる短編コメディ「一杯のモヒンガー」でミャンマーワッタン映画祭のノミネートを皮切りに世界各国の映画祭で受賞。起業家、歌手、俳優としてもミャンマーで活動する。
Twitter:@tomoyangon
Instagram:tomoyangon
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