南米街角クラブ
日本公開決定!17歳のトランスジェンダーを描く『私はヴァレンティナ』に込められたもう一つのメッセージ
|トランスジェンダーを執拗に好む/嫌う人物とは
主人公ヴァレンティナがトランスジェンダーであること匿名で言いふらした同級生マルコンの兄であるラウロの行動に注目したい。
彼こそがブラジルの誤った社会的行動を表している重要人物なのだ。
町で好青年として知られるラウロは、交際する女性がいるにも関わらず、ヴァレンティナの友人でゲイであるジュリオと関係を持っている。しかし、ジュリオを性的な対象とするだけで恋愛感情は見せつけない。
ラウロは自分の性的指向(あるいは性的嗜好)を認められない典型的な人物像である。
こういった人々は異性の恋人を持ち、表面上ではトランスジェンダーや同性愛者に対して強い嫌悪感を表す。
ヴァレンティナが映画の最後にラウロに対して発する言葉は、真の自分をさらけ出さないラウロの心の奥底に突き刺さっただろう。
本作には、こういった社会的行動が許されるべきでないというメッセージも込められていると強く感じた。
ちなみにブラジルは所謂"ニューハーフもの"ポルノビデオが世界で最も検索されている国だという事はご存じだろうか。
好奇心や、トラニーチェイサーと呼ばれるトランスばかりを好む男性に探されているだけではなく、実際は男性器に興味があるが、保守的な考え方からゲイである事を自認することができず、見た目が女性である"男性器のある女性"に辿り着くといったパターンが多いそうだ。
|需要と供給トランスジェンダーと性の世界
今述べた通り、女性のトランスジェンダーと性産業は切っても切れない関係がある。
それは、残念ながら彼女たちが最も求められる場所であると同時に、最も手っ取り早く稼ぐことができるからである。稼ぐといっても裕福な暮らしができるような収入はない。
出会い系アプリを使ったり、薄暗い街角に立って売春相手を探す。
サンパウロにも有名なトランスジェンダーの売春エリアがある。付近を通った事がある人ならおわかりだろうが、車の窓に顔を突っ込む露出の高いトランス女性は運転席にいる男性と交渉しているのだ。
しかし、中には無作為に彼女たちに暴力を振るうケースもあり危険も伴う。
映画でも描かれているが、トランスジェンダーの中途退学率は82%、正規雇用の仕事に就けるチャンスは非常に低い。
学校や職場にて通称名が使用できなかったり、偏見からイジメや嫌がらせを受けることもある。
多くのトランスジェンダーが人種や性問題に関心の高い大都市サンパウロに住むことを夢見ているのか、チエッサや前回紹介したリン・ダ・ケブラーダもその良い例だ。
平均寿命に関しては35歳。
これはブラジルが世界で最もトランスジェンダーが殺される国だという事を実証するような大変残念な結果となっている。
|国勢調査で発表されないトランスフォビアとブラジルの現実
近年は、LGBTの俳優やアーティストのメディア露出も増え、彼ら、彼女らを見ない日はない。
同性婚も認められ、トランスフォビア(トランスジェンダーへの差別行為)は法的犯罪に値し、長い歴史で見たら近年におけるブラジルの進歩は大きなものだが、実際には事件は毎日起こっており、トランスセクシャルの人権団体が公表している数の何倍にも及ぶだろうと言われている。
国勢調査の数字は発表されていない。
もちろん、問題はそれだけではない。
「自分の息子たちが同性愛者だったとしたら?そんな事は一切心配していない。何故なら息子たちは高い水準の教育を受けているし、私は素晴らしい父親だからね。」
これは驚くことにブラジルの現大統領の発言だ。もちろんだが、大きな反響を呼んだ。
もし仮に息子が同性愛者で、父親がこんな発言をしていたら、ラウロのような"表面上ヘテロ"が形成されてしまうのかもしれないと考えるだけでも恐ろしい。
根強い保守的思考や宗教的な決まりなどが問題を複雑化させており、トランスジェンダーが特別な事ではなくなる日は、まだまだ先になりそうだ。
著者プロフィール
- 島田愛加
音楽家。ボサノヴァに心奪われ2014年よりサンパウロ州在住。同州立タトゥイ音楽院ブラジル音楽/Jazz科卒業。在学中に出会った南米各国からの留学生の影響で、今ではすっかり南米の虜に。ブラジルを中心に街角で起こっている出来事をありのままにお伝えします。2020年1月から11月までプロジェクトのためペルー共和国の首都リマに滞在。
Webサイト:https://lit.link/aikashimada
Twitter: @aika_shimada