England Swings!
サマータイムが連れてきた明るい季節
「あれ、今日はずいぶん早いね」
と父に言われて気がついた。そうだ、サマータイム(夏時間)が始まっていたんだった。
日本の家族と話すのは日本の夕方6時ごろとなんとなく決まっているので、9時間の時差を考えて冬の間はロンドンの朝9時過ぎに電話をしていた。でもこの日はサマータイムが始まった翌日。時差が8時間になっていたので、同じ時間に電話をすると日本では1時間早かったのだ。
毎年サマータイムが始まったり終わったりするたびに、こんなことを繰り返す。英国に住んで15年、これまでに合計31回は経験しているはずなのに、いまだに時間が変わる感覚に慣れずにいる。
英国のサマータイムは、毎年3月最終日曜日の午前1時に始まる。今年は3月28日の午前1時がいきなり午前2時になった。とは言え、時間が変わる瞬間を待っている必要はなくて、時計を調整するのはたいてい前の晩か朝起きてからだ。ちなみにサマータイムが終わるのは10月最終日曜日(今年は10月31日)のやはり午前2時で、今度は午前2時が一瞬で午前1時になる。
サマータイムが始まる時には時計が1時間前に進む、だからその日は1日が23時間という計算になって、朝は明るくなるのが少し遅くなり、夜はその分明るい時間が長くなる。日本との時差は8時間になる。
サマータイムが終わる時には時計が1時間遅くなる、だからその日は1日が25時間の計算で、朝は明るくなるのが少し早くなり、夜はその分早く暗くなって、日本との時差は9時間に戻る。
こう書き出すと簡単なようだけれど、実際に経験するとどうもぴんと来ない。何回経験しても、翌日の朝が少し明るくなるのか暗くなるのか考え込んでしまう。最近ではもう考えることもやめて、サマータイム、とりあえずどんと来い、という気分だ。
今は自動的に時間を変更してくれるスマホが手元にあるので、そんなに混乱することはないけれど、渡英したばかりのころはスマホもなく、ちょっとした失敗は今より頻繁に起きていた。友人に間違った時間を教えてしまい、お子さんをお迎えに行った学校の前で1時間待ちぼうけさせるという申し訳ないこともしでかした(優しい友人は「遅れるよりよかったよ」と笑ってくれたけど、本当にごめんなさい)。そう思うと、テクノロジーの進化はわたしのようなうっかり者には本当にありがたい。
サマータイムの歴史は意外に浅く、第一次世界大戦中の1916年4月にドイツが最初に、同年5月に英国が始めた。太陽が出ている時間を有効に活用して照明の節約、犯罪や交通事故の減少、余暇の充実、消費や経済の活性化をめざしているが、わたしが実感しているのは余暇の充実くらいだ。夏時間の午後5時に仕事を終えると標準時間ではまだ4時の明るさだ。夕食後に太陽を浴びながら散歩することができるし、仕事の後にゆっくりゴルフを回るという話もよく聞く。
初めて語学留学したとき、下宿先で夕食を食べてから友人と映画やパブに行くことを覚えた。ヨーロッパの夏は日が長いので、夜8時の待ち合わせでも太陽がまだ高い。歩道に落ちた自分たちの長い影をながめながら、なんとゆとりのある暮らしだろうと感激したものだ。
著者プロフィール
- ラッシャー貴子
ロンドン在住15年目の英語翻訳者、英国旅行ライター。共訳書『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』、訳書『Why on Earth アイスランド縦断記』、翻訳協力『アメリカの大学生が学んでいる伝え方の教科書』、『英語はもっとイディオムで話そう』など。違う文化や人の暮らしに興味あり。世界中から人が集まるコスモポリタンなロンドンの風景や出会った人たち、英国らしさ、日本人として考えることなどを綴ります。
ブログ:ロンドン 2人暮らし
Twitter:@lonlonsmile