農・食・命を考える オランダ留学生 百姓への道のり
変幻自在の操り人形「サスティナブル」 オランダ・EU・日本の場合
近年、様々な場面で目に耳にするようになった単語「サスティナブル」、日本語にすると「持続可能」。辞書を引くと次のように出てくる。
将来にわたって持続的・永続的に活動を営むこと。「持続可能な」は、英語「sustainable」(サスティナブル)の一般的な訳語となりつつある。(実用日本語表現辞典より)
「サスティナブル」な商品!「サスティナブル」な暮らしを!私たちは「サスティナブル」な企業です!
いやちょっと待て、どこの誰にとっての どのような「サスティナブル」を語っているの?今回は、農業と食の分野に着目して探究した。
環境配慮も 伝統食も 低価格も「サスティナブル」
「サスティナブルな食」と聞いて思い浮かべるものは?まずは、11のEU加盟国でBEUC(欧州消費者機構)によって行われたアンケート調査の結果を見てみよう(BEUC 2019年)。
多くの国で、半分近くの人々が共通認識として持っているのが、「環境負荷が小さいこと」(48.6%)と「遺伝子組み換え技術や農薬の使用を避けること」(42.6%)。「地産地消」も、約3分の1の回答者によって「サスティナブルな食」と結び付けられている。また、「農業分野での経済成長」をサスティナブルと考える人は国境を越えて少数派だ。
その他の項目では、国民性や国の背景が反映されている。
例えばスロバキアでは「入手できること・手ごろな価格」が、ギリシャとリトアニアでは「加工が最小限の自然食や伝統食」が、オランダでは「農家への公平な支払い」が「サスティナブルな食」と関連付けられることが比較的多い。オランダの背景には、2019~20年の農家による大規模デモがあるだろう。
動物性食品を消費すること、特に大量生産された肉は環境へのダメージが大きいという認識が広まっている。オランダでは、肉食に代わる昆虫食・培養肉・遺伝子組み換え技術を使った代替食品への寛容度が比較的高い。オランダに最先端技術を使った食品スタートアップ企業が多いことに、これが反映されている(もしくは、そのような企業が多いから社会も寛容なのか?鶏が先か・卵が先かの問題だ)。
では日本の「サスティナブル」は?
日本の農林水産省が2020年に立ち上げた「あふの環プロジェクト」では、次のような目標を掲げている:
...2030年のSDGs達成を目指し、今だけでなく次の世代も豊かに暮らせる未来を創るべく立ち上げられたプロジェクトです。
「スペンドシフト~サステナブルを日常に、エシカルを当たり前に!~」を合言葉に、 生産から消費までのステークホルダーの連携を促進し、食料や農林水産業に係る持続的な生産消費を達成することを目指します。
横文字が多く、かつ「持続的な生産消費」が定義されていないため、実際に何を目指しているのかが分かりにくい。もう少し調べると、プロジェクトの一環で開催される「サステナウィーク」に行き当たった。食と農林水産業のサステナビリティに関する6つの項目を列挙している:
温暖化・生物・水・土・ゴミといった環境面と、支えあいといった社会面に着目しているとわかる。
また、日本人の意向や行動を調べるために、2019年博報堂のアンケート調査「生活者のサステナ ブル購買行動調査」を見てみよう。「食品・食材・飲料を購入する際意識していること」として、次のような結果になっていた(博報堂 2019年)。
カッコ内は、「いつもしている」「よくしている」の割合の合計
賞味期限間近で値引きされたものを買う(48.3%)
国産のものを買う(55.2%)
できるだけ安い食品・食材を買う(51.7%)
...
きちんとていねいに作られたものを買う(29.2%)
自然や素材の味が生きているものを買う(29.8%)
多少値段が高くても鮮度の良いものを買う(29.3%)
そもそも質問事項・回答項目が違うので、欧州での調査と直接比較することはできない。しかしこちらの調査では、回答項目自体の着眼点が限られている・買い手中心の取り組みしか回答候補に含まれていない、という印象を受けた。栽培方法に関する意識に触れていないし、環境への影響や生産者への公平な支払いなど自分以外への影響を考慮した意識を含んでいない。
ただ、欧州での調査で見られたように、値段・品質と「サスティナブル」の関係について、様々な認識があることはわかる。
正解などない、だからこそ自分で考え感じるように
これらの調査から私が出した結論:賛否両論あるものも、それぞれの立場からしたら「サスティナブル」と捉えられる
例えば、菜食主義と環境再生型農業。肉やその他動物性食品を一切取らないことで、畜産業が環境に及ぼす影響を減らし、環境保全に大きく貢献できるという考えがある。対して、動物は自然界の循環や一生命体としての農場に不可欠な存在である、環境再生のためにも家畜を適切に管理しようという考えもある。人間が食べない・食べられないもの(例えば食品残渣・野菜の切れ端・草)を家畜に食べてもらい、その糞尿で土地を養い、この過程でできる肉や乳を頂くことは問題ないという。
また、動物性食品の代替品は「サスティナブル」なのか。肉もどきの原料となる大豆を作るために森林を切り開き、肥料農薬を使って単一栽培で大量生産するのは「サスティナブル」か。一部の企業が独占する、遺伝子組み換え技術や培養技術を使った食品は社会的に「サスティナブル」か。そもそもその技術は環境や人体にとって「サスティナブル」か。
遺伝子組み換え技術を使うことで、病害虫耐性があったり、収量増加を見込めたりする作物ができる、という意見がある。単一栽培の収量と、多品目栽培の収量はどのように比べるのか。遺伝子組み換え技術を通して自然界に手を加えることは、長期的に見て生態系のバランスや健康に影響はないのか。多国籍企業の遺伝子組み換え種子やそれに対応する農薬に、世界の食糧が依存するようになることはどうなのか。
過剰な肥料農薬の使用が環境破壊や資源枯渇に繋がっていることは、共通認識になりつつある。しかし、解決策は有機栽培なのか。自然栽培か、減農薬か、遺伝子組み換えか、スマート農業か...?
売り手が「サスティナブル」だと主張しているもの
買い手が「サスティナブル」だと思っていること・思わされていること
これらが必ずしも自然や社会にとって良いわけではないし、価値観や優先順位によっても何が「良い」のかは異なる。
肉の代替品としての最先端技術に注目する人、加工されていない自然食・伝統食を大切にする人
農家への公平な支払いを重視する人、お手ごろな価格で誰もが買えることこそが鍵だと考える人
絶対に「良い」というものは存在しないのだろう。
だからこそ、「サスティナブル」とひとまとめに語ったり宣伝したりすることに、疑問を抱いている。
「サスティナブル」と唱えておけばよし、という社会では、本質を見逃してしまうだろう。また、言ったもの勝ち・宣伝したもの勝ちというように、お金と権力に呑まれてしまうだろう。
「サスティナブル」はどんな動きも表現できる操り人形であると同時に、薄っぺらい言葉でもあると感じるのであった。
アンケートにご協力ください!
World Voice読者のみなさんの「サスティナブルな食」に関する考えを、EUの調査と比べてみたいと思っています。十分な回答が得られましたら結果をWorld Voiceの記事で公開する予定です。できるだけ多くの人に答えていただきたいので、拡散歓迎です!(こちらのリンクからもアクセスできます:https://forms.gle/JhkWYNZJUjKQU8Rq9)
著者プロフィール
- 森田早紀
高校時代に農と食の世界に心を奪われ、トマト嫌いなくせにトマト農家でのバイトを二度経験。地元埼玉の高校を卒業後、日本にとどまってもつまらないとオランダへ、4年制の大学でアグリビジネスと経営を学ぶ。卒業後は農と食に百の形で携わる「百姓」になり、楽しく優しい社会を築きたい!オランダで生活する中、感じたことをつづります。
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