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森田早紀|オランダ

新制度失敗。なぜ?どうなる?オランダの障がい者雇用

(iStock - JulieanneBirch)

失敗だったとされた、オランダで2015年から施行された社会参加法「Participatiewet」。以前の記事では、制度を大まかに解説し、失敗を示す結果も紹介した。この制度は、障がい者だけでなく、長年の無職期間や学歴・国籍など、様々な理由で労働市場へのアクセスが困難な人々を対象とする。生活保護など手当の受給者である彼らの就労を促すことが目的だ。加えて制度を一本化することで、企業の障がい者雇用を促進し、予算の効率化も図り、個々の状況にあったしなやかな対応を可能にした、はずだった。

では、なぜその期待していた効果が得られなかったのか?オランダの障がい者雇用制度は今後どう変わっていくのか?今回もシンクタンク社会・文化研究所によるレポートに基づいて、私なりに重要な点をまとめてみた。日本の障がい者雇用制度を考えるヒントになれば幸いだ。

まずは失敗の原因や要素を見てみよう。

間違った前提:「働けるだろう、働きたいだろう」

オランダには障がいや失業・貧困などが理由で手当てを受け取っている人が約160万人いる。加えて、条件を満たさないために(例えば、資産が上限を超えている)手当を受け取っていないけれど、働けていない人もいる。(→社会参加法の対象者について詳しく

そのうち、何かしらの形で働くことができると判断された者は、社会参加法の管轄内に置かれる。逆に言えば、社会参加法の対象者は、適切な就職先があれば皆働けるということ、少なくともそれが前提だ。そして、就職する努力をすることが支援を受ける条件となる。

しかし、彼らを対象としたアンケートによると、前提とは異なった状況が見えてくる。社会参加法の対象者のうち、自分が今働ける状態にあると思う人は、対象者の区分によって異なるが25から50%にとどまる。うち半分は、将来には働けるようになると考えているが、残り半分は一生働けないと感じている。現状、心身の問題がなく、働けると感じている人はたったの1から4%。それでも対象者の半数は働きたいと思っている。

就職活動を始める前には、心身の健康、生活困窮、薬物依存、犯罪歴など対応するべき問題があり、包括的な支援が必要なのだ。

一緒くたに就労支援をすれば問題が解決する、という考えは甘い。

美味しいとこどりをする企業と自治体、セーフティネットからこぼれ落ちる人々

彼らのうち、自力で最低賃金を稼げない、つまり最低賃金を下回る生産性の者は、社会参加法の下制定された雇用創出協定」のターゲットグループとして登録することができる。雇用創出協定は法定雇用率を置き換え、民間と公共部門にそれぞれ雇用数目標を課し、未達成の場合には雇用割当制・罰金を科すこととなった。

ターゲットグループとして登録した人の中には、高コストの支援(例えば最賃補填)を必要とする人もいれば、比較的簡単な支援で就労・一般就労に移行できる人もいる。雇用創出協定は、ターゲットグループの雇用数以外に誰を雇用するか細かくは定めていない。従って企業や自治体は、簡単な支援で就労できる人を好んで支援し雇い、コストや支援の手間暇の削減・目標達成を図りがちだ。

World Voice diagrams-Participatiewet.png

(資料を基に筆者作成 赤丸が、企業や自治体が好んで対応するグループ)

また、ターゲットグループに登録できないけれど手当や就労支援を必要としている人もいる。これは主に、一般雇用で働いて自力で最低賃金を稼ぐ力はあるけれど、何かしらの理由で生活困窮・就職難に陥っている人たちだ。彼らも働く場や就労支援を必要としているけれども、雇用創出協定の目標数値には関係がないため、企業や自治体はそれほど雇用努力をしない。

このように、都合のいい場所に支援が集中し、それ以外は無視されがちな状況が作り出されてしまった。

労働者としての権利が保障されない

旧・保護就業法(WSW)の下では、保護就労のための労働協約が存在した。労働協約では、年金加入や交通費補助、最低賃金や労働時間について定められている。しかし社会参加法に移行してから4年後の2018年12月31日に終了し、その後は社会参加法及び保護就業の管轄に入る人々を対象とした労働協約はなくなった。

彼らを雇う雇用主が最低限守らなければいけない条件は、自治体の判断(次の項目参照)や各産業・企業の判断に任されるようになった。どこで働くか、ターゲットグループに入っているか否か(一つ前の項目参照)などにより、社会参加法の下で働いても最低賃金が保障されなかったり、年金に加入できなかったりという事態が発生している。

地域による対応のばらつき

大まかな方針や仕組み、予算の合計額を決めるのは中央政府だが、その詳細の決定は地方自治体に任された。同じ状況の人でも、住む地域によって(したがって担当の自治体によって)対応が変わり、支援を受けられるかどうかの判断や、支援の内容・充実度が異なってくる。

※ちなみに、ここでいう地方自治体とはオランダ語で 「gemeente」 であり、日本の市町村に該当する。それよりも大きな枠組みに州 「provincie」 がある。オランダには350以上の市町村と、12の州が存在する。つまり、350以上の制度設計があるということだ。

1万5千人以上の住民がいる市町村を対象とした調査の一部を取り上げて、対応のばらつきを確認しよう。まずは例えば、支援・手当を受け取る条件に関して:

オランダ語能力が一定の基準を満たすこと (76.5%の市町村で義務。つまり残りの23.5%では義務化されていないということ)

人材派遣会社に登録すること (48.1%)

27歳未満の者は、受給資格を得る前に4週間、就職活動を行うこと (87.7%)

次に、受給者が就労努力を満たしてないと発覚した場合に取る対応:

電話・メールで就労努力の義務があることを連絡 (70.4%の市町村で実施)

個人面談 (90.1%)

手当の減額 (55.6%)

手当の一時的停止 (23.5%)

このように、自治体によって対応が違うため、住む場所によって不公平な制度だ。

また、自治体をまたいで事業展開をする企業にとって、制度の違いに対応するのは手間暇がかかり、ややこしくもある。企業が障がい者雇用をためらう原因の一つとなっているだろう。

では、これからどうなる?

これだけ欠陥があり、就労割合などの数字からも失敗が示された社会参加法。シンクタンクSCRのレポートでも、制度見直しの必要性が指摘された。

そんな中今年2月、新法案が連立与党のCDA(キリスト教民主アピール)と野党のSP(社会党)によって提出され、議員の過半数賛成で可決された。その名も「Sociaal ontwikkelingsbedrijf」(英訳すると「social development company」、和訳すると社会育成企業)。旧制度の保護就労を新たな形で復活させると捉えてよいだろう。

対象者は保護就労のものに限らず、就労を通して社会に参加したい・戻りたい、そうしなければいけない人も含まれる。言い換えると、一般雇用が不可能なために社会育成企業で働き続けるであろう人と、社会育成企業での就労を通して一般雇用に移行する人だ。

これにより、社会参加法では軽視されていたグループにも、もう少し支援が行き届くようになるだろうか。

また、7月からは、社会育成企業のための新たな労働協約が施行される。これは3つ目の項目に書いたことだが、雇用主が守らなければいけない普遍的な条件を定めるものだ。例えば賃率を制定することで、社会育成企業でも一般雇用と同じように、賃金アップ・キャリアアップを期待できるようになる。

詳しい内容は順次発表されると思うので、また別の記事で紹介しよう。

最後に

オランダの社会参加法で、福祉・雇用を一本化することの目的の一つは、個々の状況にあったしなやかな対応を可能にすることだった。一見、制度の狭間に取り残される人をなくし、制度による差別をなくすために効果的なアプローチに思えた。

しかし、お金がかかるところ、目標達成に関係ないところはやはり軽視されてしまうということが示唆された。

特に資本主義・自由市場の下、利益最大化が重視される社会では、利益にならないものは切り捨てられてしまう。現代社会の仕組みや考え方がそもそも差別的で、不利な立場にいる人がいることは否定できないだろう。

制度は縛りにもなるし、防具にもなる。不公平な社会で、守らなければいけない人を守るためには、柔軟な対応を可能にするだけでは不十分で、しっかりとした枠組みのある制度の必要性を感じた。

これが今回、社会参加法について調べていて一番心に残った部分だ。

 

Profile

著者プロフィール
森田早紀

高校時代に農と食の世界に心を奪われ、トマト嫌いなくせにトマト農家でのバイトを二度経験。地元埼玉の高校を卒業後、日本にとどまってもつまらないとオランダへ、4年制の大学でアグリビジネスと経営を学ぶ。卒業後は農と食に百の形で携わる「百姓」になり、楽しく優しい社会を築きたい!オランダで生活する中、感じたことをつづります。

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