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農・食・命を考える オランダ留学生 百姓への道のり

森田早紀|オランダ

畑から食卓へ。では畑の前は?~オランダの種子産業について~

(筆者撮影 2019年12月 オランダのとある企業展示会にて。麦の発芽)

食べ物を頂くときには手を合わせ、育ててくれた人や運んでくれた人、料理してくれた人、太陽と大地の恵みに感謝する、という習慣を、子どもの頃から教わってきた人は多いだろう。日本特有の表現「いただきます」にはその意が現れている。近年は農家と食卓を直接つなごうという動きも盛んになってきている。だが、畑の前のことを考えることは少ないかもしれない。

作物を育てる、その始まりには種がある。種は空中から突如現れるわけではない。昔は育った作物の一部を成熟させて種を採り、翌年に継いだものだ。しかし分業や集約が進んだ近年は、「種を生産する」ということもだいぶ私たちから疎遠なものになってしまった。実際に種子市場の集約化は甚だしく、トップ10企業が世界の種子生産の85%を占めているという状況だ。

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(筆者撮影 2015年秋 ナスを育てて放っておいたら種が熟し、実は干からびた。翌年もこの種を蒔きたい、というところから農業にのめりこんでいった、思い出のナス)

このことに関しては一長一短、賛否両論あるし、近年は種子法改定や不稔性種子などという論点もあって複雑化している印象だ。だが今回はそちらには触れず、世界の種子市場で大きな存在であるオランダの種子産業と、その強みと課題に目を向けてみる。

シリコンバレーはないけれど...

オランダの首都アムステルダムの北40kmほどに、シリコンバレーならぬシードバレー(Seed Valley - 種の渓谷)と呼ばれる地域がある。ここには30前後の種子関連企業が集まっている。主に扱われるのは、露地および温室栽培の花卉と野菜。370haの土地で、種子の取り扱いを楽にしたり、発芽をそろえたりするための種子加工、品種開発、種子の分別や滅菌などが行われている。

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(筆者撮影 2019年12月 企業の展示会にて。種子のサンプル色々。中央右手の赤い種は、明らかにコーティング処理が為されている)

オランダの種子の輸出量は、大量生産される農作物("field crops" - 麦、米、トウモロコシ、大豆、菜種、綿花など)では年間13.8万トン・3.3億米ドル。野菜では1万3千トン・18.7億米ドル。

世界で取り扱われている野菜の種子の7割が、直接的もしくは間接的にオランダに繋がっているそう。

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文献を参考に筆者作成)

オランダで種子産業がこれほど盛んなのにはいくつか理由がある。

まず、産学官連携が盛んだということ。特に、世界トップレベルの農業大学・研究機関であるワーヘニンゲン研究大学で生み出される知識、民間企業と教育機関の共同研究や開発、政府による法的・資金的・組織的支援などのおかげだ。

世界銀行の調査によると、「海外で承認されている品種を自動的に国内でも承認できるような法律がある」「民間の企業や研究所が種子の承認をできる」などといった、種子関連の規制が整備されているという観点では、オランダは10点中9点を獲得している(日本は5点)。また、植物の新たな品種に対して与えられる知的財産権「育成者権」が保護されていること。

つまり、法整備がなされているということだ。(ただこれら法律・規制の「整備」は諸刃の剣であり、立場によっては好ましくない発展と見られる)

種子を多く輸出しているオランダだが、実は輸入も多い。その理由は、気候条件や土地・労働力の確保が有利な他国に種子生産を外注し、逆輸入しているという所にある。

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文献を参考に筆者作成)

文献に明記はされていなかったが、上のグラフに示されているのは再輸出用のものも含めた輸入量だろう。オランダはヨーロッパ市場への主な入り口であり、貿易ハブでもあるため、再輸出用の輸入も多い。

シードバレー・種の渓谷の土台

このような国際分業システムにおける不穏な現実が明るみに出てきている。

私がこの問題について調べてみようと思ったのはつい最近のこと。次の投稿が私の目に留まった。

日本の野菜の種子は9割は海外産という。日本の種子企業が海外で生産しているということなのだが、その生産の実態はどうなっているだろうか? 今、種苗の開発は本国で行うけれども、それを増殖させるのは南の国々で行うというのは他の国でも行われているよう...

Posted by 印鑰 智哉 on Saturday, 6 February 2021

「種子産業 労働環境」と検索すると上位に出てくるのは、主にインドにおける種子産業の実態。種子関連の多国籍企業の供給国はインドやネパールなど、温暖で農業生産に適した発展途上国が多い。種子生産の現場では、次のような問題がある。

まずは賃金。最低賃金に満たない水準のところがほとんどだ。

そして男女格差。賃金格差はもはや一般的であり、成人女性は成人男性の5-6割の水準の賃金しかもらえないそう。さらに、男性が仕事の合間に休憩しても何も言われないのに、女性が休憩しようとすると雇用主に叱られる、などといった待遇の違いもある。

児童労働が確認された場所もあり、2015年の調査によると、インドの野菜種子生産の現場では労働者の16%が14歳以下だと推定されている。2010年の調査では20%だったので割合は減ったが、市場規模と労働者の母数が増えているため、実数は減少していない。インドでのトマト・唐辛子・オクラの種子生産の面積の8割を占める3州では、5万人の14歳以下の子ども、そして10.5万人の15-18歳の子供が働いているとの推計だ。

子どもや女性は、雄蕊を取り除く・雌しべに花粉を付けるなど、忍耐力や集中力、繊細さが必要とされる種子生産の現場では重宝される。これらは種子生産全体の労働時間の7割を占める、大切かつ労働集約型の作業だ。また、子どもは大人に比べて文句を言わずにせっせと、そして長時間働くため雇用主にとっては好都合である。

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(iStock - JIT トマトの人工授粉の様子。筆を使って花粉を雌しべに付ける)

さらに懸念されるのが農薬による健康被害。使用方法に従って防護服やマスクを着用する場合はあるものの、着用の必要性を理解していなかったり、畑で女性や子どもが作業している中、男性が農薬散布をしたり(レポートは、作業内容にも男女の差があると指摘。肥料・農薬散布は大抵男性の仕事)、散布した直後に受粉作業を必要とするケースもあるらしい。

これらを助長しているのが、仲介企業が鍵を握る現状のサプライチェーン。多国籍企業と農家との直接契約はほとんどゼロ。あったとしても英語で書かれており、農家は理解せずにサインしてしまう。仲介企業さえも、農家や労働者とは正式な契約を結ばず。口契約で済ますことが多い。そして、多くの仲介業者は農家に正確な取引価格を教えず、つまりリスクが農家に偏っている。

仲介企業や雇用主が、労働と引き換えに融資を労働者に与えることもある。何とか日々の家計をやりくりしている家族は、子どもを出稼ぎに出すと約束して融資を受けることがしばしば。このようにして労働に縛られた子どもは、まるで売られてしまっているようだ。家族を養うために種子生産の季節(年に7-8か月ほど)には働き、残りは学校に行く、という子どもも少なくない。このような状況で彼らは勉強が追い付かず、しまいには退学せざるを得なくなることも。

労働環境を改善しようと対策やキャンペーンを行っている多国籍企業もある。ただ、多国籍企業が多数の零細農家と直接契約を結ぶのは、企業にとって効率が悪いため滅多にないケースだ。また、単純に支払う金額を上げるだけでは働き手の賃金は上がらない。仲介人や雇用主に労働環境の大切さをしっかり理解させ、そして飴と鞭を用いて初めて改善につながる。改善に向けて努力している多国籍企業はあるものの、2015年のレポート調査はまとめとして、努力不足やインドの州政府の関心不足を批判している。

単に児童労働を禁止するだけではもちろん、子どもを出稼ぎにやらなければいけないという家族の経済的状況は変わらないし、逆に悪化するかもしれない。

オランダの政府や企業も、種子生産国の産業の発展を「支援」するために投資や教育、企業間連携等に力を入れているそうだが、正義や価値観の押し付けになっていないかどうかは注目すべき点だ。

複数の観点から取り組んで初めて解決できる問題だろう。

種子は力の源

種子産業が発展途上国にとっての収入源になっているのは事実だ。つい最近発表された調査でも、種子生産は一般の野菜生産に比べて高収入かつ安定してるということが示されている。

しかし、お金や権力を持つ国々や企業が、弱い立場にある人々を都合のいいように使っているという構造は否めない。さらに、それを知らずに知ろうとせずに、食べ物には安さと量を求めている買い手にもやれること、やるべきことはある(自戒も含む)。

種子を生産している国の人々の生活水準が上がり、妥当・適当な賃金が支払われるようになった時、社会的・環境的コストが反映されるようになった時、種子の値段そして食べ物の値段は上がるだろう。これが種の本当の値段だ(少なくとも、本当の値段にちょっとは近づく)。

高い値段を払うのが悪いというわけではない。むしろ対価をきちんと払うべきだと思う。

だがその時には今と同じように安い食べ物を享受することはできないし、生き方や考え方までもを変えないといけないと思う。

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(筆者撮影 2019年8月 研修に行ったノルウェーの農園にて。蜂がかぼちゃの花を盛んに行き来していた)

今回のレポートはオランダの件そして多国籍企業全般の話だった。しかし印鑰さんの投稿にあったように、トップ10に企業名が含まれる日本も、現状を知り、改善に努め、人々に知らせる責任はある。そして、食料生産が人口増加と経済成長、そして気候変動によって圧迫される中、種子が政治や経済・社会を操ったり、お金儲けをしたりする道具として使われる場合もあることを頭に入れておきたい。

私が自家採種や種の分け合い、地域で代々受け継がれている種を大切にしたいと考える理由の一部に今回書いたことが含まれているのだが、話すと長くなるのでまた別の機会にしよう。

とりあえず今は、今晩「いただきます」と手を合わせるときに、畑の前の段階で一生懸命働いてくれている方たちにも感謝して。

 

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著者プロフィール
森田早紀

高校時代に農と食の世界に心を奪われ、トマト嫌いなくせにトマト農家でのバイトを二度経験。地元埼玉の高校を卒業後、日本にとどまってもつまらないとオランダへ、4年制の大学でアグリビジネスと経営を学ぶ。卒業後は農と食に百の形で携わる「百姓」になり、楽しく優しい社会を築きたい!オランダで生活する中、感じたことをつづります。

Instagram: seedsoilsoul
YouTube: seedsoilsoul

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