農・食・命を考える オランダ留学生 百姓への道のり
社会問題に立ち向かう企業のジレンマ
チョコレートを食べた後、自身を裁判所に訴えた男がいた。「自分は奴隷労働に加担した」と。
彼の名はTeun van de Keuken。彼が担当するオランダのテレビ番組Keuringdienst Van Waarde(直訳すると「価値の検査部」)でカカオ生産における強制労働・児童労働などの実態を知ったTeun(英名Tony)は、告訴が不起訴処分に終わった後、大手チョコレート製造会社に訴えかけた。しかしこれも無視されてしまう。
ちなみに例のテレビ番組Keuringdienst Van Waardeは、オランダ語習得のために個人的に愛用している。
そこでTeunは自分で奴隷労働ゼロのチョコを作ってしまおうと、Tony's Chocolonelyを2005年に立ち上げた。ChocolonelyはChocolate - チョコレート&lonely - 独りぼっちの掛け合わせ。チョコレート市場で奴隷労働ゼロに取り組んでいる企業はまだ少数だという思いが込められている。
「買うものをきちんと確認して」というメッセージが込められた、例えば「ダークは赤の包装」という従来の暗黙の了解を破った包装。「世界は不平等」というメッセージが込められた、変わった形をした板チョコ。
心に響く強いメッセージと高品質のおかげだろうか、2018年にはオランダのチョコ市場の20%を獲得したとか。
ただ、Tony's Chocolonelyが目指すのは、一人で市場を制覇することでなく、他企業(特に大企業)と一緒に、奴隷労働ゼロの世界を築くこと。この目標達成まではまだ長い道のりだ。他企業の変革プロセスを促し支えるために、Tony's Open Chainというプラットフォームも立ち上げた。奴隷労働をサプライチェーンから、そして世界からなくすために役立つ情報やツール、5つの柱などを公開している。
最終的に、もしすべてのチョコ製造会社が奴隷労働ゼロになったら、Tony's Chocolonelyのユニークな存在意義はなくなってしまう。
それでもそんな世界を目指し、覚悟を決めて、突き進む。これが社会的企業の使命であり運命であるのかもしれない。
仲間が増えたことで追い出される
同じく社会的企業、Kromkommerは、見た目が理由で廃棄されている規格外野菜の扱いに疑問を持ち、2012年に立ち上がった。規格外野菜を農家から買い取り、スープを作る。
ちなみに、Kromとはオランダ語で「曲がった」、Komkommerは「キュウリ」。二つを組み合わせた造語が会社の名前の由来となっている。
Kromkommerの取り組みと成功を目の当たりにし、数々の企業や起業家が規格外野菜・果物の市場に参入した。Kromkommerのスープを取り扱っていた大手スーパーJumboも独自のスープを開発、また別の大手スーパーAlbert Heijnは「Buitenbeentje」という名で規格外野菜を取り扱うように。その他さまざまなブランドが立ち上がった。Kromkommerの願いはかなったが、市場撤退を選択せざるを得なくなった。
しかし規格外野菜に対する人々の意識はまだ薄いということで、新規事業を立ち上げた。
例えば子ども向けのおままごとセット。変わった形をした野菜のおもちゃが含まれている。子ども向けの絵本にも、変わった形の野菜や果物をモチーフとしたキャラクターが登場する。さらには、オランダの3000の学校に健康的なおやつとして果物を提供するヨーロッパ連合の学校果物プログラム。今までは1等級の果物しか政府の補助金の対象でなかったが、Kromkommerの訴えかけの結果、2021年から2等級のものも取り扱われることに。
最終的には会社が存在しなくなることが目標だというKromkommer。人々や企業の意識が完全に変わるまでは、この問題に様々な方法で立ち向かい続けるだろう。
企業がより広い社会に影響を及ぼす方法
今年の11月に発表された、オランダの社会的企業をつなぐ役割を担う団体、Social Enterprise NLによる研究報告書には、社会的企業が社会の3つの限度を上げることで広範囲に影響を及ぼすと解説されていた。
1.Possible 「可能」:まずはビジネスとして成り立つことを証明
2.Desirable 「願望」:人々に問題意識が芽生えると、企業や商品への要望・期待値が上がる
3.Acceptable 「許容」:そして最終的には、産業の自主基準や法律が変わり、今まで許されていた行動も変えざるを得なくなる
このように一歩ずつ、企業・人々・産業や社会の常識が変わっていく。
人、社会、地球の健康があたりまえという世界は、どんな世界だろうか。まだ長い道のりだろうが、もし、もしもそんな世界が築けたら、経営者のセンス、モノやサービスの品質・ストーリー、繋がりなどがより問われてくるのだと思う。
例えばTony's Chocolonely、Kromkommerの遊び心。目にした者の印象に残るし、応援したくなる。たとえチョコレート市場が奴隷労働ゼロになっても、規格外野菜が差別されなくなっても、深刻な社会問題に創造性と楽しむ姿勢を忘れず立ち向かった武勇伝は語り続けられるだろう。
そして、擬人化されたブランド。会社で働く人・応援する人は、TonyやKrommieという愛称で呼ばれる。会社のミッションが自分事になっているわけだ。ミッションが完了した後も、一度そのミッションを自分事にした者は、ずっとその心を自分の中に持ち続けるのかもしれない。それがより良い社会を目指し続ける原動力となる。
著者プロフィール
- 森田早紀
高校時代に農と食の世界に心を奪われ、トマト嫌いなくせにトマト農家でのバイトを二度経験。地元埼玉の高校を卒業後、日本にとどまってもつまらないとオランダへ、4年制の大学でアグリビジネスと経営を学ぶ。卒業後は農と食に百の形で携わる「百姓」になり、楽しく優しい社会を築きたい!オランダで生活する中、感じたことをつづります。
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