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農・食・命を考える オランダ留学生 百姓への道のり

森田早紀|オランダ

犯罪の温床は 糞尿の山(オランダ畜産業・続編)

(筆者の友人Debasish Paul撮影 2020年11月 オランダの酪農家で。オーガニック・除角をしない等こだわりがある)

トイレには女神さまがいると歌った曲が、私が小学生の頃に流行ったが、トイレにはお宝の山もある。

糞尿には栄養分が沢山含まれていて、土に撒けば肥料になる。しかし、有り余った家畜の排せつ物がオランダの農家や政府の頭を悩ませていると以前の記事に書いた。今回は、お宝が余っているのなら、なぜばら撒かないのか・輸出しないのかという疑問、そしてこれが原因で起こった組織犯罪について調べてみた。

~養分の流れ:国境を超え、体を通り抜けて~

畜産業が盛んなオランダでは、家畜の糞尿に含まれる窒素とリンが過剰に環境に排出され、水質・土壌・大気汚染を引き起こしていると書いた。そもそも、これらの養分はどこから来ているのだろうか。

家畜の主な餌は大豆やトウモロコシ・麦などの穀物、そして油・砂糖などを作った後の搾りかす。オランダの狭い土地でそのような穀物を大量に育てるのは、例えばアメリカやブラジルと比べて比較優位ではない。よって9割強が輸入されている。唯一自給率が高いのが、オランダでも多く生産されている甜菜由来の、ビートパルプ(甜菜糖の搾りかす)で、4割ほどが国内で作られている。

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Debasish Paul撮影 2020年11月 オランダの酪農家で。子牛に与えるこだわりの濃厚飼料)

生産した肉や乳製品の3分の2ほどは輸出される。しかし、生産過程の排せつ物はオランダにとどまる。オランダは、養分を飼料として輸入しては、国内の土地に廃棄していると言う訳だ。

~窒素やリンが過剰だと何が問題なのか~

肥料として施された、もしくは家畜の糞尿と共に排泄された窒素やリンは、土壌だけでなく、表面流出や揮発、降水を通して形を変え、移動していく。おさらいと補足説明として、養分過剰の問題点を簡単に記しておこう。窒素の形が違えば(例えば硝酸態窒素、アンモニア態窒素)引き起こす作用も異なるが、それを一緒くたに列挙すると以下のようになる:

- 植物・生物多様性:植物の成長の阻害、病害虫への耐性が減少、窒素好きの植物が蔓延る、硝酸態窒素濃度の高い野菜

- 土壌:酸性化、土壌有機物の枯渇、植物の栄養吸収を阻害

- :酸性化、富栄養化、硝酸態窒素による汚染

- 大気:オゾン層の破壊、温室効果、エアロゾルや光化学スモッグ

窒素の循環と環境への影響に関しては、以下の動画でさらに深堀りしてみた↓

このような環境への影響を考慮して、オランダでは(EUでも)単位面積あたりに施して良い家畜由来の窒素・リンの量が制限されている。窒素が環境へと失われやすい冬の施肥にも制限がある。

~家畜の糞尿の行方~

用途や運搬という観点から糞尿の行方を追ってみる。オランダの家畜の糞尿の9割はスラリー(糞尿と 水が混ざったもの)、つまりほとんどが水分で、長距離輸送したり乾燥させたりするのは費用に見合わない。加えて糞尿からは、比較的早く窒素分が揮発や溶脱してしまうという理由もある。

従って、オランダで発生する家畜の糞尿の90%は国内の土壌に直接「注射」される。表面に施肥しないのは、臭いやアンモニアガスの揮発等を抑えるためである。土に混ぜなければ、条件によっては施肥から6時間でアンモニアの半分が揮発してしまうとか。

特別な処理を経て肥料となるのはたったの10%。5%が機械で液体と固体に分けられ、前者は近場で、後者は国内で使われるか輸出される。1%は乾燥した鶏糞として、輸出される。他にも逆浸透や生物学的脱窒素法によって処理される。

しかし処理の割合からも、費用対効果を得づらいということが示唆される。

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筆者撮影 2019年8月 インターンを行ったノルウェーの酪農家で。牛舎の中で草を食べる雌牛たち)

牧草地に施される肥料に関しては昔と比べ、窒素化学肥料の6割、リン酸化学肥料の9割が家畜の排せつ物由来のものに置き換わったそう。これだけ十分に糞尿が発生しているということだ。ちなみに、オランダでは毎年7千万トンの糞尿が出ていて、うち8割は牛由来である。

本来は宝の山だった糞尿も、有り余れば処理しなければいけない。実際、オランダの畜産農家の8割では、自分の土地への使用限度を超えた量の糞尿が発生している。

このように需給バランスが逆転した状態で、オランダの畜産農家は糞尿を敷地外へ運び出すために、業者に1トン当たり10~23ユーロ(約1000~3000円)を払っている。さらにその業者は、まだ土地の施肥量に余裕のある園芸農家等に、1トン当たり3~10ユーロを払って受け取ってもらっているとか。2015年、トラック6千2百万台分の糞尿(約2千2万トン)が、元の農場の外へ輸送された。

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Debasish Paul撮影 2020年11月 オランダの酪農家で。土を掘って観察する)

施肥量の制限と支払制度が、畜産農家の「生産許可」として機能しているらしい。

ちなみに生産許可の仕組みは経済・気候政策省の管轄内にある。当局が家畜の排せつ物の施肥や売買の記録、化学成分分析の結果などを確認する。農業・自然・食品品質省担当では無いところが、また面白いと思った。

~糞尿が原因で起きた組織犯罪~

農家や運送業者にとって、家畜の糞尿を扱うことは処理費用を伴う。

どうにかこの費用を避けようと悪知恵を働かせる者も当然出てくる。2016年、農家・運送業者・処理会社による書類の改ざんや違法投棄などの不正が発覚した。調査によると、オランダで発生する家畜の糞尿の2~4割は、単位面積当たりの施肥量の上限を超えて撒かれているか、違法に売買されていたらしい。

これは法律違反、組織犯罪。

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筆者撮影 2019年8月 インターンを行ったノルウェーの酪農家で。家畜を移動するトレーラーを付けたトラクター)

しかし犯罪の背景には根深く複雑な問題がある。大量生産・コスト削減をしないと生き残れない現代の農業。それを促す政策や補助金、貿易、加工会社や消費者の動向がある。単純に「犯罪は取り締まり」では、これらの社会的背景に振り回せながら必死になっている農家たちを板挟みにするだけだ。

だからと言って、農家も被害者意識を持ち続けていれば前に進めない。一人一人の意識と選択、そして団結が大きな力となる。何もしなければ、茹でガエルはすぐに茹で上がってしまうだろう。

希望はある。例えば、私の友達が校外学習で訪れた(残念ながら私のクラスは行かなかった)オランダの酪農家。オーガニックの餌を与え、穀物はドイツから直接仕入れ、抗生剤投与を10数年前に止め、草や虫を大切にするという。ここの牛乳からできたチーズは草の香りがするらしい。

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(Debasish Paul撮影 2020年11月 オランダの酪農家で。家畜の糞尿の下から草が生えてくるのは、一般の牧場では見られない)

さらに、発生した糞尿を放牧地に撒くと、その下から草が生えてくる。慣行農法の餌や過剰な濃厚飼料、抗生剤等を使用している一般の牧場の糞尿ではありえないことだ。そのため、この現象を見た人は誰もが驚き写真を撮っていくという。

そして、この牧場は大量生産モデルに頼らずとも、家族と従業員 計6人を十分賄えているとか。

変わることは出来る。あとは変わるという選択をするかどうかだ。

~最後に~

規模の経済性や比較優位を追い求めてここまで大規模化・国際分業が進んできたのだと思う。しかしこのように見てみると、逆に非効率的になったように感じる。わざわざ化学肥料を製造して撒き、穀物を収穫し、それを長距離輸送して家畜に与え、栄養たっぷりのお宝なはずの排せつ物は過剰に発生してその地を汚染する。単位面積当たりの穀物の収穫量や牛乳の生産量だけで考えたらもちろん効率的に見えるだろう。でもそのシステム全体の入出力で考えると、無駄なインプットや行き場のないアウトプットがいくつも見つかる。

そして、このシステムの中で大量生産する人、大量消費する人の生活の質を考えたとき、犠牲と幸せの向上のバランスはとれているだろうか。

記事を書くたびに得る学びと気づきが、私のチャレンジ精神をくすぐる。大学卒業後、どんな百姓になろうか...

 

Profile

著者プロフィール
森田早紀

高校時代に農と食の世界に心を奪われ、トマト嫌いなくせにトマト農家でのバイトを二度経験。地元埼玉の高校を卒業後、日本にとどまってもつまらないとオランダへ、4年制の大学でアグリビジネスと経営を学ぶ。卒業後は農と食に百の形で携わる「百姓」になり、楽しく優しい社会を築きたい!オランダで生活する中、感じたことをつづります。

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