農・食・命を考える オランダ留学生 百姓への道のり
戦わない、新・キョウソウ戦略(インタビュー後半)
ビジネスが存続するには、常に成長し、他企業から顧客や市場シェアを奪い、防御する必要がある。
なんていうのはもう古い考え方だと教えてくれたのが、オランダの社会的企業Kari's Crackers。身体障害や鬱、燃え尽き症候群など、労働市場にアクセスするのが難しい人々が働ける場所を作るために、クラッカーを焼いている企業だ。前回の記事では組織の内部構造に着目したが、今回は視線を外に向けて、仕入れ先との関係や事業拡大について、引き続き社長のGerard Jan Mijnheerさんにお話を伺った。
とにかくキョウソウ
――仕入れ先との関係について教えて下さい
仕入れ先とは頻繁に会って、何が必要かを話し合う。僕らは、社会的企業という分野の先駆者、新しい世代。だから、助け合わなければいけないんだ。仕入れ先もこれを理解している。僕は別の分野から来た者で、そこでは完全に押し付け販売・競争の世界だったから、びっくりしたよ。
これは価値観の話であり、世界をより良い場所にしたり、良い気持ちになったり、きちんと食べたり、元気に感じたり、そういう話。そんな訳で、僕らが仕入れるもの・作るもの・クラッカーに入れるものに関して一貫性を保っている。こういうことは、安さや規模の競争の世界ではできないよね。
今僕はこの企業を営利的にしようとしているから、これはまた面白い話。投資を受けたけれど、自分たちのものにしたいんだ。もちろん商品を確実に売って利益を出さないといけない。でも同時に、良い方法で売る必要もあるから、この市場にアプローチするのは面白いよね。
――もしも同業者が同じ市場に参入してきたら、どうしますか
僕らと同じようなことをする企業が増えてほしい。同業者と手を組むのは全く問題ないと思う。全市場に占める(社会的企業の)割合は本当に小さいし、消費者は山ほどいるから、同業者は競争相手ではないと思うよ。
>> (森田 補足)「競争ではなく、共創」 これはある日本のソーシャルファームの方から聞いた表現だが、まさにこのこと。仕入れ先や取引先、同業者とも、共に新しい社会を作り上げてゆく。競争が無いから生ぬるい世界になるのではない。夢を実現するためには、売らないといけない。でも夢を共有しているから、より良く、より楽しく、より優しい、そんな商品・サービスや雇用ができるのだと思う。
>> 社会的協同組合が生まれた土地、イタリアでは、法律でその規模が制限されているらしい。規模が大きくなりすぎると、人と人とのつながりが薄れてしまう、社会的協同組合の本来の存在意義が失われるからだそう。その代わり、小さな組織を繋ぐ機関が存在して、組織間の協力・資金の流れ・研究・研修などを可能にする。個々の組織の規模が小さくても、スケールメリットを得られると言う訳だ。
競争相手はむしろ、商品を安すぎる値段で売ったり、動物(虐待したりする?)企業。地球との向き合い方が根本的に違う企業だ。言い換えると、競争相手とは、健康や生きるということについて全く違う意見を持っている企業だと思う。
――消費者の奪い合いというよりは、未来像の戦いと言ったところでしょうか
そう、イデオロギーの話。でも本当は競争なんて言う話じゃない。僕らは、自分たちがやっていることが良いことだと確信していて、そのことを伝えようとしている。でも「彼らがやっていることは悪だから、僕らのやっていることは善」と伝えるのではない。僕らが良いことをしているのは、気持ちが良いから。これが僕らのビジョン。他の人たちには目を向けない。
他を気にするのは古いビジネス手法だと思うよ。
――事業拡大についてどうお考えですか
利益を出すために事業拡大の必要はある。あと数か月で黒字化すると思う。利潤最大化って知っているかな?
>> 利潤最大化:一般的に、生産とは単一あるいは複数種の生産要素・用役(投入物とかイ ンプットともいう)を投入して、単一あるいは複数種類の生産物(産出物と かアウトプットという)を産出する経済活動であり、企業とはこのような生 産活動から得られる利潤(総収入一総費用)の最大化を目的とする経済主体 である (沖津, 1999)
一般企業では利潤を最大化し、毎年〇%の成長を遂げないといけない。でも僕らは利潤最大化の必要がないモデルを見つけたんだ。例えば、来年10万ドルの利潤を得たいとしよう。ここから投資家・所有者に支払い、企業に再投資し、10から20%は基金に寄付する。目標利潤を超えた分もすべて基金に寄付。
この基金には、複数の団体が寄付している。例えば学校、一般企業、政治機関、社会復帰支援員など。集まったお金は、ここで働く人たちが労働市場に復帰するための支援に充てられるんだ。一週間に10時間しか働けない場合は、残りを補填する、ということ。
――ちなみにその基金とはどのようなものなのでしょうか
僕らとはまた別の団体。運営担当者が数名いて、会員が定めた目標に従う。例えば、この新たなモデルに関する研究:教育、他の社会的企業の支援や、一般企業が社会的企業になる支援に投資するなどだ。
――オランダには、同じような団体が他にも存在しますか
いや、これは僕自身が思いついたアイディアだよ。僕が描く将来像。事業拡大はしたいけれど、何百万ものクラッカーを売ったり、テスラを運転したり、そのようなことをしたい訳ではない。
僕のビジョンは、特別なニーズがある人たちを助けるために、クラッカーを売ること。僕と同じような生活ができるようにね。僕は健康で良い暮らしができているけれど、それは単に運が良かったというだけ。週に40時間働けないからという理由だけで、不幸な人生を送ってほしくはない。
>> 最賃補填や障がい者手当といった生活の保障は、もちろん政府の役目であるし、有権者である私たちがそのような政策を求めなければいけない。しかしKari's Crackersの件から、たとえ政府が追い付いていないとしても、企業や地域が独立して社会的投資として、生活保障を支える可能性が示唆された。
――社会企業としての活動を促進・抑制する法制度はありますか
特に思いつかないけれど、資金を調達しやすくなったらいいとは思う。
――社会的企業だから優遇されることはありますか
それほどないと思う。だから僕らは先駆者なんだよ。自分たちでこの環境を作り上げないといけない。まだみんな、この新しいビジネスモデルを理解していないからね。先駆者の僕らが、法律制定に関わったり、お金に関してロビー活動をしたり、メッセージを確実に伝えたり、そういうことをする必要がある。
僕がここに転職してきた時、この仕事が体に良いものだと体の奥から感じられた。周りにいるみんなが自分らしくいられて、幸せそうで。もしも調子が悪いなら、ちょっと休んでもいい。できないことがあれば、焦らずに!と言う。体調が悪いなら、家にいてよし。この仕事を長く続け、かつ成功する秘訣だね。
ここがまた面白いところ、僕らは財政的にも優秀な企業なんだ。
社会の在り方を示していくのも社会的企業の役割
――最後にもう一つ。なぜみんなソーシャルファームをやらないのですか
難しいからだと思う。例えば、船が見えれば真似して作れる。でも船が見えなければ作れない。(社会的企業の)例はまだ世界に少ししかないから、誰かが先頭を走らなければいけないんだ。
大半の人は安心感を必要としている。でも僕の場合は逆。明日何が起こるのかわからないと嬉しくなる。だから僕が彼らに、新しい普通を見せて、そこに向かって手助けをする役割を担うんだ。
>> 例が無いから難しい、というのに加えて、やはり社会的企業を率いるには徳と覚悟が欠かせないと感じた。お金になりそうだから、聞こえがいいからという理由で福祉事業・障がい者雇用や農福連携に取り組む、なんちゃって事業所も悲しいことに存在する。自己満足・自己中心的な発想に過ぎない取り組みだと思う。Gerard Janさんがこの立場で率いていられるのは、彼のチャレンジ精神に加え、自分を超えた強い信念と寛容な心があったからだろう。
インタビューを終えて
もちろん自分の意志で、生産性をあげたいと思う人や企業はそうしていい、これは個人の自由。でも現状、抜けられると知らずに苦しんでいる人、外れてしまって行き場に困っている人が多いように感じる。そういう人たちの居場所を作るのもソーシャルファームの役割だろう。
その過程で競争よりも共創が選ばれるのはうなずける。まずは社会的企業のマインドセットが当たり前になること、これに必要なのは排他ではなく、仲間を増やすこと。取引先も、同業者も、そして私が思うにはマインドセットが違う従来型企業も。
事業もお金も、その手段に過ぎない。
ちなみに、広義の社会的企業(ソーシャルエンタープライズ)のビジョンは、雇用/居場所作りだけでなく、公正な取引や環境保全型の事業など多岐にわたる。カカオ産業における奴隷労働の撲滅を掲げてチョコレートを作っているオランダの社会的企業、Tony's Chocolonelyのインタビュー記事を読んで感動した:
この世のどんな企業とも異なり、Tony's Chocolonelyは競争相手に真似をされたいと思っている。この企業の「独自の売りの提案(USP: unique selling proposition - マーケティング用語)」は、新しくも珍しくもなりたくない、ということ。なぜなら、すべてのカカオ農家の人生に根本的な影響を及ぼしたいから。そして、奴隷労働の撲滅を目指しているのがTony's Chocolonely一企業だけでは、その目標は達成できないから (お話し:Ynzo Van Zanten、聞き手・記事Steven Van Belleghem)
人を心から喜ばせ、楽しませることに基準を置くことが当たり前になったうえで、例えば味を極めてみたり、近所の農家さんの野菜を材料に使ってみたり、そういったキョウソウがより輝くのであろう。さらに、大切な人を心から幸せにするには、その周りの人にも優しくしたり、自然を汚さないようにしたり、より広い範囲にも目が向いてくるだろう。
こんな世界で私は生きたい。
こんな世界に向かって歩んでいく。自分の中では既にこんな世界ができ始めている。まだまだ、学ぶこと・考えること・感じることは沢山あるけれど。
一緒にやろうという方、いませんか?
著者プロフィール
- 森田早紀
高校時代に農と食の世界に心を奪われ、トマト嫌いなくせにトマト農家でのバイトを二度経験。地元埼玉の高校を卒業後、日本にとどまってもつまらないとオランダへ、4年制の大学でアグリビジネスと経営を学ぶ。卒業後は農と食に百の形で携わる「百姓」になり、楽しく優しい社会を築きたい!オランダで生活する中、感じたことをつづります。
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