農・食・命を考える オランダ留学生 百姓への道のり
人が先か、仕事が先か:クラッカーを焼く理由(インタビュー前半)
企業は、モノやサービスを提供するために人を雇う。
そんな固定概念をぶち壊していく新しいビジネスの在り方、その名もソーシャルファーム(social firm)。ビジネス手法を用いて市場を通して社会にモノ・サービスを提供しながら、障がい者や労働市場で不利な立場にある人のために雇用を生み出す。つまり、居場所づくりの経営。
ソーシャルファームはソーシャルエンタープライズ(Social enterprise - 社会的企業)の一種である。もともとはイタリアで1970年代にソーシャルコーペラティブ(Social cooperative - 社会的協同組合)として始まり、ヨーロッパを中心に広がりを見せてきた。日本の内閣府はソーシャルエンタープライズを以下のように定義している
オランダの社会的企業は、少なくとも資金の50%を販売等によって自社で賄えていることが条件らしい。
オランダのソーシャルファームKari's Crackersにインタビューする機会があった。インタビューの質疑応答と、それを受けて私が思ったことを2回に分けて綴る。この記事を通して、新たな企業の在り方、ビジネスの在り方について考えるきっかけになれば幸いである。お話を伺ったのは、Kari's Crackersの社長、Gerard Jan Mijnheerさん。社長に就任したのは約5か月前で、その前は10数年間、一般企業の社長を務めていたそう。
企業紹介 ~Kari's Crackers~
クラッカーを焼くために人を雇うのではなく、人を雇うためにクラッカーを焼く
こんな目的でクラッカーを焼く企業、Kari's Crackersが誕生したのは3年前。北欧のクラッカー状のパン Knackerbrodを手焼きするノルウェー人の女性がいた。その旦那さんが立ち上げたのがKari's Crackers。初めは手焼きしていたそうだが、今では機械も使いながら、25人の社員と共に毎月○○千枚のクラッカーを焼き、スーパーや飲食店に卸している。
ちなみに25人中、20人は一般的な労働市場で不利な立場にいる人たちである。例えば身体・精神の障害、燃え尽き症候群など。この企業で約6か月過ごしたのちには、労働市場に戻れるようになることを目指しているとか。
そんな企業の内部組織はどのようになっているのだろうか。
お互いを尊重し、信頼しあうこと
──大切にしている価値観は?
皆が平等で、意見を共有できるということ。毎週月曜日と火曜日にスタッフ全員が参加する会議を開き、それぞれが企業に関して考えていることを言い合う。
また、一人一人が才能を持っていて、その才能のお陰で我々の企業が、一般企業よりもすぐれたものになれると信じている。
>> (森田 追記)「一人一人に才能がある」というのには、私自身も散々苦労してきた。完璧主義的なところがある私は、グループ課題では特に、自分と同じ仕事を同じ様にやることを他人に強要してしまったことが何度かある。回数を重ねながら、「この人は調べ物が得意だから」「文章にまとめるのが上手なのはこの人」などと、得意なこともしくは学びたいことによって役割分担をし、結果だけでなくプロセスにも着目できるようになってきた。
>> 仕事にあった人間を作るのではなくて、人間に合った仕事を作る。結局は、人間が存在しなければ仕事もなくなるのだから。でも逆もしかり、仕事を失ったり、社会から孤立したりして生きる意味を見失ってしまう人もいる。昨今のテレワーク増加・勤務時間削減・リストラなどによる精神への影響、そして悲しい報道などは、単なる金銭的な問題だけでなく、人間としての存在価値を見失っていることにも起因していると思う。
──その価値観は、仕入れ先や顧客との関係にも反映されていますか?
誠実性に関する方針を守っている。例えば、支払いの問題があったため仕入れ先に電話して正直に話し合ったことがある。起こっていることに関して100%透明性を保ち、我々のステークホルダーもこれを理解しているんだ。
>> のちに出てくる、従業員の雇用契約の件にも誠実性が表れている。きっと、数字や状況だけでなく、考えや思いに関しても誠実に話し合うのだろうな、と思った。空気を読むことはけしからん、というオランダ。空気を読まないとけしからん、という日本。時には状況を察し、時には率直に確認する、バランスが大切だと思う。
>> ちなみにオランダ人の友達は、小さいころから親に「相手の気持ちを想像して勝手に決めつけるのは失礼。自分の認識があっているか、相手に必ず確認しなさい」と教わってきたらしい。
──組織の内部構造について教えてください
事務、製造と袋詰めの3つのチームに分かれている。製造と袋詰めにはそれぞれ2人、コーディネーターがいる。自己学習を大切にするチーム。一人一人が社長のような感覚だよ。もちろん最終的な決定権は僕にあるけれど、僕が知らないことも沢山起こっている。皆が自己ベストを尽くしているから、会社のためになる決定や仕事をしてくれると、皆を信頼している。
>> 信頼されていて、自分で考え行動できる環境、それでもって失敗が許される場所でこそ、人は成長していくのだろう。
──チーム間のつながりは?
とても強い繋がりがある。例えば毎日3回、10時半・お昼・3時半休憩があり、皆で一緒に過ごすんだ。あとは毎週月曜・火曜の会議で集まる。だから皆一緒に、かつ自立して機能しているよ。
>> コーヒー休憩がしょっちゅうあるのは、オランダ特有なのか。私が夏休みに滞在した農園とエコビレッジでも、必ず10時・3時の休憩があり、皆でコーヒー・お茶を飲みながら談笑した。作業中に気になった草や動物の役割の話、作業には全く関係のない旅行・教育システム・バイトの話など、話題は多岐にわたった。愚痴大会ではなくて、相手をもっと知るための心地よい会話。
>> 夏休に滞在した場所では、30代のお兄さん、お母さんと幼児、70代間近の老夫婦など幅広い年齢層の中に混じって 20の私もいた。年上だからと気を使うこともなく話をした。年配の方も、知らないことはどんどん聞く素直さと好奇心が見て取れた。
自分の時間を惜しみなく与えること
──どのようなリーダーシップを取っていますか
寛容で正直、そして皆で決定をする方針。時と場合によって何が適しているか、常に感じるようにしている。何か滞りがあるとき、もちろんあーだこーだやってもいいけれど、時には1週間寝かして戻って来てみると、解決したりする。必要なものは世界が与えてくれると信じている。
──意思決定をする際、常に考慮する事柄はありますか
誠実さ、すべてのステークホルダーにとって良い決定であること。
──全ての人に良い決定をしようと思うと問題や矛盾が生じることもあると思います。どう対応していますか
問題や矛盾に対して正直であること。例えば、重要なメンバーの雇用契約を更新しないと決めたことがある。企業にとって、そして彼女にとって最適だと感じたからだ。もちろん彼女にも、企業全体にも幸せになってほしかったから、辛い決定ではあったけれど。考えを正直に話したら、彼女は対応できていたし、あとになってから、その決定の意味を理解できたと教えてくれた。
──勘で決定を下すことが多い印象を受けましたが、意思決定は段階を踏んで行いますか
まず問題と解決案を書き出して、従業員やステークホルダーの意見を聞く。自分の決定に皆が「共振」していると感じたら、最終決定する。
──リーダーとして、どのように社員を鼓舞していますか
仕事現場の人と常に接すること。面談を通して、企業の改善点や良い点を話し合う。また、他の人が気づかない変化に気づくこと、例えば問題がありそうだと気づいたら、その人に話しかけて助けを差し出す。あとは時間があるときには、一緒にクラッカーを焼いたりね。
端的に言えば、自分の時間を与えること。
スタッフの人たちとトイレ掃除もする。最初は変な感覚だったけれどね。でも僕らがこの建物の所有者であるからには、その手入れをするのも僕らなんだ。これはもっと広い世界にも当てはまる考え。我々が世界の手入れをしなければいけない。こういうことも、僕らが社会的企業である理由の一つだよ。
>> 経営者がトイレ掃除をする、というのは日本ではよく聞く。正直、「社長としてトイレ掃除をするのは変な感覚だった」と聞いて、私がびっくりしてしまった(声には出さなかったが)。これだけ日本では、身の回りのことから手入れをするという考えが浸透しているのだろう。この考えは当たり前であり続けてほしいけれど、それと同時に同調圧力やなんとなくで当たり前なのではなく、考え抜かれて根を張った当たり前であってほしい。
終わりに
ソーシャルファームをソーシャルファームたらしめるもの、身近な人から大切にすること。大切にしてもらった人はきっと、溢れた愛を他人にプレゼントし始める。社員に寄り添った経営をしているからこそ、ビジョンの共有ができ、高品質のモノやサービスを提供でき、ステークホルダーとの関係も保てるのだろう。
お客さんが、地球が、世界の人口が、SDGsが、などと言っても、隣の人にやさしくできないようでは元も子もないと思う。
少し違う観点から見ると、法定雇用率で定められているから、頑張って障がい者を雇用するのだろうか、という疑問が湧いてくる。数値が一番わかりやすく重視されがちだけれど、じゃあ目標数値が無くなれば解雇するのか。既存の仕組みに障がい者を当てはめていくだけでいいのか。それと同じ論理で、女性活躍社会についても考えられるだろう。
見た目100点中身ゼロの社会なんて、面白くもなんともない。
話を戻すと...Kari's Crackersに見られたような、とても個人的・包括的なアプローチは、25人という規模だからこそできることなのかもしれない。生産規模の拡大には、コスト削減・効率化など、規模の経済性がある。しかし同時に、情報伝達・意思決定・意思疎通などの風通しが悪くなるという規模の不経済も伴う。今後、事業と社員数が拡大していった際、組織はどう変わっていくのか。
次回は、組織外部とのかかわり・競争・事業拡大について。「キョウソウ」はするけれど、「キョウソウ」はしない、というのが鍵らしい。
著者プロフィール
- 森田早紀
高校時代に農と食の世界に心を奪われ、トマト嫌いなくせにトマト農家でのバイトを二度経験。地元埼玉の高校を卒業後、日本にとどまってもつまらないとオランダへ、4年制の大学でアグリビジネスと経営を学ぶ。卒業後は農と食に百の形で携わる「百姓」になり、楽しく優しい社会を築きたい!オランダで生活する中、感じたことをつづります。
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