日本人コーヒー生産者が語るコロンビア
ヨーロッパ輸出停止の危機?コロンビアコーヒーに立ちはだかる2つの課題
昨年度の生産状況の振り返りと今後のコロンビアコーヒーの展望について話し合われる会議「Cumbre Cafetero」が今月2日と3日にカルタヘナで開かれました。コロンビアコーヒーの輸出の7割を担うAsoexportが主催して毎年行われるこの会議。87回目を迎えた今年の会議では、コロンビアコーヒーが直面している2つ大きな課題に焦点が当たりました。
課題その1:生産量の減少
2020年から3年近く続いたラニーニャ現象。乾季がなく太陽がほとんど顔を覗かせることがなかったこの期間はコロンビアのコーヒー産業に大きな影響を与えました。コロンビアコーヒーの栽培には、交互に訪れる乾季と雨季が鍵を握っています。しかしこの3年間ずっと雨季が続いたため、コーヒーの木は実をほとんどつけず、それどころか過度な湿気で根腐れや病気の蔓延が起こり多くの木が死んでしまいました。2020年にブラジルのコーヒー生産地に霜害が起きたことによってコーヒー価格の高騰したことは日本でも散々ニュースになりましたが、コーヒーの買取価格が上がってもラニーニャ現象で生産量が落ち、売るコーヒーがないコロンビアのコーヒー農家はこの価格高騰の恩恵を受けることができなかったのです。それどころかパンデミックやウクライナ戦争などで肥料や燃料、人件費など様々な経費が高騰を続け、収入が少ないのに出費ばかり増えるという状態が続きました。さらに今年に入りブラジルが霜害から立ち直り生産量を増やし始めたことで現在コーヒーの買取価格は下落を続けています。つまりコロンビアのコーヒー生産者は今、「ただでさえ生産量が少ないのに安く買い叩かれ、一方で生産コストは上昇し続けている」という悲惨な状態に置かれています。
ロブスタ種を植えるか
コロンビアのコーヒー生産量は前年の同時期と比較して6%減の768万袋、輸出量は13%減の748万袋というデータが出ています。コロンビアの経済を支えていると言っても過言ではないコーヒー産業ですが、ラニーニャ現象が発生してからと毎月「◯%減少」というニュースが続いているのが現実。さらに温暖化が原因でこれまでコーヒーが栽培できていた地域の気温が上がり、コーヒー栽培を続けることができなくなってしまった地域も続出しています。そして深刻なのが生産者の高齢化。経済的に不安定なコーヒー農家という仕事は若者にとって魅力的とはいえず、後継者不足や労働者不足がとどまることを知りません。現在コーヒーで生計を立てている世代は60万世帯ほどだと言われていますが、今後この数は減少の一途を辿るでしょう。
さて、この状況を改善するために今年から度々耳にするようになったのが「ロブスタ種」の導入。ロブスタ種はコーヒー生産量世界1位と2位であるブラジルとベトナムで主に栽培されている品種で、病気に強く生産量が多いことが特徴です。しかし味に強い渋みや苦味があることから、現在コロンビアが生産しているアラビカ種よりも価値が低い品種でもあるのです。これまで「世界一まろやかで高品質なコーヒーを作っている国」としてプライドを持っていたコロンビアですが、コロンビアコーヒー生産者連合会のヘルマン・バーモン代表は「新たな機会を模索する時期」だとして、ロブスタ種導入に向けてついに重い腰を上げたことを明らかにしました。気温の高い地域でも耐久性があるロブスタ種は、コロンビアの中でもこれまで栽培が不可能だった温暖な地域での栽培を可能にするため、コロンビアコーヒー産業に新たな風を吹かせることとなるでしょう。しかし一方で高い品質のアラビカ種を売りにしていたコロンビアコーヒーの評価に傷をつけるのではないか、これまで栽培が難しいアラビカ種を一生懸命育ててきたコーヒー農家の価値が下がるのではないかという不安の声も上がっています。バーモン代表もそれについては十分理解しているようで、このロブスタ種導入については「これは責任を持って検討すべき選択肢であり、新たな栽培地に資本とインフラを投資し機械化を進め、ブラジルのような生産性を達成するか、あるいはやらない方がいいかのどちらかである。」と前向きでありながらもかなり慎重な態度を見せています。もしロブスタ種を導入すると国内のコーヒー栽培面積は8万ヘクタール広がり、コーヒー生産量は310万袋(/60k)増加すると言われています。
課題その2:欧州グリーンディールの壁
気候変動を食い止めるためにヨーロッパが打ち出した政策「欧州グリーンディール」。循環型経済・持続可能性などヨーロッパらしい意識の高い言葉が並ぶ政策ですが、ヨーロッパ以外の国にもこの政策を遂行することが求められています。もちろんコロンビアのコーヒーも例外ではありません。
欧州グリーンディールは昨年「森林破壊国からの農作物の輸入を禁止する」と発表。この森林破壊国のリストにコロンビアが含まれているのです。ヨーロッパはコロンビアコーヒーの2番目に大きな市場。18ヶ月以内にヨーロッパが提示する規定を満たさなければ、コロンビアはヨーロッパにコーヒーを輸出することができなくなってしまいます。ヨーロッパが求めている規定の一つが「トレーサビリティ」。トレーサビリティとはその商品がいつどこで誰によって作られたかを追跡可能にすることを指しますが、コロンビア全体に散らばる60万世帯が栽培するコーヒー全てを追跡可能にすることは容易ではありません。Asoexportのグスタボ・ゴメス代表はこれを可能にするために精一杯努力すると述べていますが、どのようにこの規定をクリアするか、実現するためにどこから資金を調達するかについてはまだはっきりしていないようです。ヨーロッパが定める期限まであと18ヶ月。それまでに規定を全てクリアできるか、それとも大切な顧客を失ってしまうのか、コロンビアのコーヒー産業は今窮地に立たされているような状態なのです。
尽きない課題
ラニーニャ現象がようやく終わったと思っていた矢先、今度はエルニーニョ現象が発表されました。エルニーニョ現象では降水量が減り、干ばつなどが起こる可能性があります。今のところコロンビアに大きな影響を与えているとの情報はありませんが、もしこのエルニーニョ現象が前回のラニーニャ現象のように異常な期間続いた場合、コロンビアのコーヒー生産者はまた更に頭を抱えることになるでしょう。生産量の減少、異常気象、物価高騰、先進国のエコに対する意識と厳しい状況が続くコロンビアのコーヒー産業。今年のCumbre Cafetero会議も前年同様、あまりポジティブなニュースがないまま幕を閉じたのでした。
著者プロフィール
- 松尾彩香
コーヒー農家を営む元OL。コーヒーを栽培する一方で、コーヒー農家の貧困や後継者不足問題、コロンビアでの生活についてSNSを通じて発信。朝の一杯のコーヒーに潜む裏話から、日本ではあまり報じられないコロンビアの情勢まで幅広くお伝えします。2022年7月よりスペイン在住
Twitter: @maon_maon_maon