ベネルクスから潮流に抗って
コロナ検査はすべての人に(デンマーク)
お盆の真っ盛り、日本の国境が厳しく規制されている中、私はベルギーから一時帰国した。国外から入国したすべての人は空港で新型コロナウイルス感染症のPCR検査を受け、陰性であっても自宅などで2週間の隔離を強制される。空港からの公共交通機関は使ってはいけない。自分でレンタカーしたり、家族に迎えに来てもらわなくてはいけない。この夏、楽しみにしていた夏休みの帰国をキャンセルした在外日本人は数知れない。私はもともとは息子と帰国する予定だったが、2週間の隔離では楽しめないので息子の帰国はキャンセルした。なぜこんな厳しい条件でも私は無理して帰国したかというと、一人になりたかった。
3月中旬に都市封鎖(ロックダウン)で約3ヶ月、解除されてから徐々に生活領域は広がったが、結局息子の中学校は再開することなく夏休みに突入した。夏休みがたっぷり2ヶ月あるので、なんと彼は5ヶ月半も学校お休みだ。ゲームの腕は相当上がったようで、最後はYouTuber の仲間入りをして動画の編集にはまっていた。普段はブリュッセルの事務所に通勤する夫も基本的にはずっと在宅ワーク。私はもともと在宅。これだけずっと家族といっしょにいて、一人になれる夏休みを諦められなかった。私がいなくて家族ものびのびしていることだろう。
基本的に日本パスポートを持っている人しか日本に入国できないと知ったときは仰天した。ヨーロッパ各国の国境は6月中旬から開いている。同じベルギーから来るのだから、日本人でもベルギー人でもリスクは同じなのにどうして、と思ったが、要は空港の検査体制に限りがあるのだ。あれこれ困難な条件をつけて、入国者の人数を圧倒的に減らすしかないということだろう。いろいろ脅かされていたものの、検査体制はスムーズで、唾液によるPCR検査は簡単だったし、検査結果も1時間ちょっとで出た。
ベルギーでもコロナ感染者の数が微増したり微減したりでゆらゆらと、油断できない状況が続いている。ベルギーで今日の新規感染者数は500弱と聞いた。日本の人口の10分の1の国で少なくない数だ。多くの人が気づいているが、コロナとの付き合いは長期化するだろう。感染を広げないために検査体制と陽性者接触者の追跡 (test and trace)がますます重要になるだろうと素人でも思う。
5月中旬より、北欧のデンマークはコロナの症状がなくてもすべての人が検査を受けられるようになった。どうして知っているかというと、実際に夫と息子が検査を受けたからだ。夫はデンマーク人で7月末に息子を連れて帰省した。特設された巨大なテントで予約なしで誰でも何度でもテストを受けられるそうだ。テントはドライブスルー、ウォークスルー形式で、大して並ぶこともなかったいう。もちろん無料。症状がある人はアポを取って医療機関で検査を受ける。
デンマークの国民番号であるNemIDカードを持つ人は検査の際にスキャンするだけでさらに簡単。NemIDを持っていない夫と息子は書類を記入するのに10分ほど余計にかかった。外から来た旅行者も同様に検査を受けられるというこだ。NemID保持者は自分の医療サービスのポータルに結果が届く。NemIDがない人には陽性だった場合のみ携帯かメールに連絡が来る。
空港でもかなり仰々しくやっていたPCR検査ってそんなに簡単でたくさんに人が受けられるの?と疑問が湧く。総人口580万人の小さな国デンマークで検査を受けた人の総数は、8月25日の時点で合計221万1,377人。人口100万人あたり38万1,582人だった。ちなみに私が住むベルギーは合計214万4,563人、人口100万人あたり18万4,921人。日本は合計133万3,884人、人口100万人あたり1万551人(注1 8月25日参照)。デンマークの1日あたりの検査能力は始まった当初からかなり増えて現在は3万5000件を超える(注2 8月25日参照)。日本では現在最大3万2000件と言われているが、デンマークの人口は日本の20分の1以下である。
コペンハーゲン近郊に住む義父は持病で肺が弱いので、ロックダウン解除後も細心の注意を払って自己隔離を続けていた。一人暮らしで誰とも会えない、買い物にも出られない義父は気の毒だった。デンマークはコロナ危機への対応の評価や成果が高かった国の一つで、ヨーロッパ各国に先駆けて学校も再開した。義父も7月からは外に出始め、夫と息子の訪問も楽しむことができた。
丁寧な検査と追跡はポストコロナ社会でますます重要になるだろう。それがなければ今の日本のように相当厳しい国境の水際対策を続けなくてはいけないし、目に見えない不安やストレスは個人の心でも社会でも大きくなるばかりだ。実際私も検査で陰性とわかり、なんだか晴れ晴れした。
世田谷区は独自に誰でも何度でも検査を受けられる体制づくりを進めている。検査と追跡体制をどのようにデザインするか、国民を感染症から守る政治の力と優先順位、公的な医療・保健の底力、税金の使い方、国民と国家の信頼関係といったかなり深いテーマに導かれる。
著者プロフィール
- 岸本聡子
1974年生まれ、東京出身。2001年にオランダに移住、2003年よりアムステルダムの政策研究NGO トランスナショナル研究所(TNI)の研究員。現在ベルギー在住。環境と地域と人を守る公共政策のリサーチと社会運動の支援が仕事。長年のテーマは水道、公共サービス、人権、脱民営化。最近のテーマは経済の民主化、ミュニシパリズム、ジャストトランジッションなど。著書に『水道、再び公営化!欧州・水の闘いから日本が学ぶこと』(2020年集英社新書)。趣味はジョギング、料理、空手の稽古(沖縄剛柔流)。