トルコから贈る千夜一夜物語
アラビア語の不思議とアラビア語学習者へのアドバイス
フスハー (正式アラビア語) を学ぶメリットとデメリットは?
フスハーを学ぶメリットは、まず読むことがスムーズになるという点です。それもそのはず、フスハーは読むことに特化した言語だからです。ですからアラビア語を学問として追求したい人には向いていると言えます。さらっと読めるとかっこいいですしね!
デメリットは、フスハーを話すことで、意図せずともアラブとの間に壁を作ってしまうことです。フスハーはアラブの間でもアカデミック (学問的) な分野で、話せるか話せないかは教育のレベルに如実に表れます。アラブでもフスハーに苦手意識を持っている人、うまく話せない人は沢山います。
こちらがフスハーで話しかけると、アラブはフスハーで応答しなければいけないと自動的に思い込みます。あいさつ程度のフスハーならどのアラブでも知っていますが、それ以上の会話は不自然になり、続けたがらないアラブもたくさんいます。
アンミーヤ (方言) を学ぶメリットとデメリットは?
アンミーヤを学ぶメリットは挙げつくせないほど沢山あります。アンミーヤはアラブとの間の垣根を取り除き、心と心を通わせることができるアラビア語です。他のメリットとして、フスハーと比べて比較的短期間で話せるようになること、人々が日常的に使っているアラビア語なのでいったん基礎ができたらどんどん伸びること...などがあります。
デメリットとしては、アンミーヤを学んでいると聞いたアラブから良い顔をされないことがあるという点です。これについては先に触れました。アンミーヤを学ぶもう一つのデメリットは、教材が限られることです。アンミーヤは話すための言語なので、フスハーほど教材がありません。主に耳で聞き、人々と実際に話すことで覚えていく言語です。
また教材が少ないもう一つの理由としては、アンミーヤには種類が多すぎることが挙げられます。国が違えばアンミーヤも異なります。これについては後述します。ただし、アンミーヤに特化した教材も英語圏では多く活用されています。
アンミーヤに隠されたわな?
アンミーヤのデメリットでお伝えしましたが、ひとことで「方言」といっても、びっくりするくらいの違いがあります。同じ方言とは思えないくらい異なります。そして同じ国でも地域によって方言が大きく異なる場合があります。例えばシリアではダマスカス方言とデリゾール方言にはかなりの違いがあります。またダマスカス方言はアレッポ方言とも異なります(こちらは違いはそんなに大きくありません)。
いずれにしても、アンミーヤはスタンダード化できないのです。でも学んでいくうちに、アンミーヤの違いが分かるようになり、それに伴ってアラブの出身国や出身エリアが分かるという楽しさがあります。これだけでアラブと盛り上がります。
アラビア語学習者にお勧めなのはフスハー? アンミーヤ?
アラビア語を学ぶ目的によります。つまり、学問あるいは宗教の言語としてアラビア語を学びたいのか、純粋にアラブとコミュニケーションを取りたいのか、という 2 つの目的の違いです。コミュニケーションを取りたいという人は、もう文句なしにアンミーヤを学ぶべきです。もう一度言います。フスハーは生きた言語ではありません。
数多くあるアラビア語のアンミーヤの中で汎用性が高いのはどれ?
Levantine Arabic (レバンティン・アラビック=レバノン方言)と呼ばれる方言は、レバノン・シリア・ヨルダン・パレスチナで主に話されている方言ですが、アンミーヤの中でも一番汎用度が高くて理解されやすい方言です。
Levantine Arabic を話すなら、サウジなどの湾岸諸国でもイラクでもエジプトでもほぼ通じます。なぜか? なぜならアラブ世界の連続ドラマにはこの Levantine Arabic が使われることが多いからです。特にシリアは数多くの連続ドラマをアラブ世界に送り込んでいます。また、アラブ世界で有名な歌手の多くがレバノン人です。こうした理由で、Levantine Arabic 圏ではないアラブたちもこの方言に馴染みがあります。
もちろん、相手に理解されても自分が相手のアンミーヤを理解するためには、その国(または地域)で使われているアンミーヤを少しずつ覚えていく必要があります。
ちなみに日本でアラビア語といえば、なぜかエジプト方言が一般的です。これはエジプト出身のタレントさんの影響が大きいのか、日本に住むエジプト人の数が一定数いるからなのか...分かりません。でもエジプト方言は俗にいう「なまり」が非常にきつい方言です。ですからエジプト方言がスタンダードだと思っておられる学習者の方は要注意です。
その他の例外もあります。もしアラビア語を学ぶ目的が北アフリカ大陸のモロッコ・チュニジア・アルジェリアなどで暮らすことやそこで結婚するなどの場合は、Levantine Arabic はお勧めできません。こうした国々ではフランス語と土着の言語が混ざり合っていますし、他民族国家でもありますので、もう別世界のアンミーヤです。北アフリカのアラビア語圏に標準を当てておられる方に限っては、ダイレクトにその国のアンミーヤを学ばれるようにお勧めします。
知れば知るほど面白いアラビア語
このようにアラビア語を話すことで世界がぐっと広がります。未知と思われがちなアラブの世界に足を踏み入れるきっかけになります。確かに別世界・異文化。でもアラブと関わることで私の人生は大きく変わりましたし、ある意味で非常に豊かになったと思っています。
ヨルダンに住んでいたころ、アメリカから大量の数の学生がアラビア語学習のためにヨルダンに送り込まれていました。さらに中国や韓国の学生も多かったです。それに対して日本人の学生はほとんどいません。中東で日本は確実に出遅れています。これは非常に残念なことだと思いますし、もっと多くの日本人がアラビア語を学んでもいいのではないかと思います。
語学学習の隠れた別の秘訣
余談ですが、効果的な語学学習の基礎として一番大切なのは母国語だと思います。国際カップルに生まれた子供やごく小さい時から海外で生活していた人でない限り、2 つまたは 3 つの言語をまったく同じレベルで使いこなせる人は少ないと思います。ごくごく一般的な日本人家庭で育った人があとから外国語を習得しようとする場合、その言語が母国語以上になるということはそんなにありません。どんなに上がっても母国語までなのではないでしょうか (もちろん例外はいつでもいますが)。
ですから母国語の能力が高ければ高いほど、後から習得する外国語のレベルも上がります。母国語をまず正しく話せること、語彙が豊富であることはとても大切なことだと思います。
さて、アラビア語の話から語学学習の話に逸脱した記事になってしまいましたが...、アラビア語は学び方さえ間違えなければ習得できる言語です。これからアラビア語を学ぼうとしておられる若い方がおられましたら、是非是非お勧めしたいと思います。
著者プロフィール
- 木村菜穂子
中東在住歴17年目のツアーコンサルタント/コーディネーター。ヨルダン・レバノンに7年間、ドイツに1年半、トルコに7年間滞在した後、現在はエジプトに拠点を移して1年目。ヨルダン・レバノンで習得したアラビア語(Levantine Arabic)に加えてエジプト方言の習得に励む日々。そろそろ中東は卒業しなければと友達にからかわれながら、なお中東にどっぷり漬かっている。
公式HP:https://picturesque-jordan.com