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強烈な「毒親」の呪縛から、大学教育で抜け出した少女
両親の宗教観と思想から抜け出すのは容易ではない Laikwunfai/iStock.
<モルモン教原理主義者の両親の支配から抜け出した少女の回想録は、「毒親」との関係に苦しんだ人たちも共感できる>
アメリカでは日本にはないノンフィクションの人気ジャンルがある。それはメモワールと呼ばれる『回想録(自伝)』だ。日本では「自伝は有名人が書くもの」というイメージがあるが、アメリカでは無名の一般人による回想録がよく出版され、ベストセラーにもなる。
2018年に最も売れた回想録はミシェル・オバマ元大統領夫人の『Becoming』だったが、それが発売されるまで最も注目されていたベストセラーは『Educated』だった。32歳の無名の女性タラ・ウエストオーバーがモルモン教サバイバリストの両親に育てられた半生を綴るこの回想録は、発売直後からニューヨーク・タイムズ紙ベストセラーリストに入った。バラク・オバマ元大統領が夏の読書の推薦書の一つに選んだこともあって幅広い読者に読まれ、読書愛好家向けのソーシャルメディア「Goodreads」で読者が投票する2018年「チョイスアワード」では、回想録のカテゴリで1位になった。
アイダホ州の山脈に囲まれた田舎で7人兄弟の末っ子として生まれたタラ・ウエストオーバー(Tara Westover)は、9歳になるまで日本の戸籍に匹敵する重要な書類である「出生証明書」を持たなかった。タラの父はモルモン教原理主義の「サバイバリスト」であり、母は強い性格の夫に従う従順な妻だった。「サバイバリスト」とは、核戦争や経済の崩壊といった破滅的な災害で生き残るために準備とトレーニングを日常から行っている人たちだ。モルモン教では古くから大災害に備えて1年分の食料を保存しておくことが指導されていたが、サバイバリストはその教えを逸脱した狂信的なレベルにある。反政府の彼らは、学校や病院を含む公的機関は政府が自分たちをスパイし、洗脳するための危険な組織だと信じている。
タラが長年、出生証明書を持たなかったのは、母のお産を助けたのが正式の免許を持たない自称「助産師」だったこともある。アメリカでは出産の報告義務があるが、サバイバリストにとってアメリカの法律は何の意味も持たないのだ。タラの母も無免許の助産婦から学んだ知識で他人の出産を助け、家族の病気や怪我のすべてを薬草で治療した。息子のひとりが交通事故で前頭部にゴルフボールほど大きな穴があき、意識も失っているというのに、電話で娘から相談された父は「家に戻ってお母さんに治療させろ」と命じるのだ。父の命令を無視して兄を病院に連れて行ったタラは、裏切り者として冷たく扱われた。
また、タラと6人の兄と姉は、洗脳を防ぐために学校に行かせてもらえなかったので、学びたければ自分で学ぶしかなかった。通常なら自宅で子供を教育する「ホームスクーリング」は、ホームスクーリング用の教材を使って親が教える。だが、わが子を無償の労働者と捉えていたような父は、危険な仕事を子供に無理やりさせるくせに、教育には興味がなかった。タラは兄のひとりから読み書きを習い、後に教科書を入手して自学で高校卒業レベルの学力を身につける。
タラは「ここにいたらおまえは駄目になってしまう」という兄タイラーの進言でブリガムヤング大学への入学を目指すようになる。ブリガムヤング大学はモルモン教の大学であり、しかもホームスクーリングを受けた子供も受け入れているのでタラにもチャンスがある。「数学」を「数の計算」程度にとらえている母から高等数学を学ぶのは不可能なので、タラは自分で教科書や参考書を買って入学選考に必要な標準テストのACTの勉強をした。ブリガムヤング大学の合格基準より低いが、自学にしては目覚ましい成績を取った16歳の娘に対し、父は理解を示すどころか憤り、大人になったのに家賃を払えないなら家を出ていくよう命じた。
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