コラム

先住民迫害の過去から目をそらすアメリカは変わるのか

2018年09月07日(金)17時10分

アメリカ先住民のアイデンティティーは個人によってさまざまだ(写真は17年にニューヨークで開催された祭り「Pow Wow」) Eduardo Munoz-REUTERS

<先住民のアイデンティティーの問題が現代のアメリカ社会の日常で語られることは少ない>

アメリカでは11月の第4木曜日に家族が集まって感謝祭(Thanks Giving)を祝う。そして小学生たちは、アメリカに入植した清教徒や先住民のインディアンの衣装を着てアメリカの感謝祭の歴史を学ぶ。

その歴史とはこういうものだ。イギリスでの宗教弾圧を逃れてマサチューセッツ州のプリマスに住み着いたピルグリム・ファーザーズが作物を栽培できずに飢えそうになっていたときに、その地の先住民であったワンパノアグ族(Wampanoag)が食物を分け与え、栽培の知識を与えた。そのために生き延びることができた入植者は、収穫が多かった翌年にワンパノアグを招いて宴会を行った。それが感謝祭の始まりだと言われている。

だが、初期の入植者とインディアンの関係は、小学生が学んだような心温まるストーリーではなかった。

免疫がないインディアンの多くが、入植者の持ち込んだ疫病で死んだが、それだけではない。白人の入植者らは、自分たちを救ってくれたワンパノアグ族の土地を奪い、女や子供を奴隷として売り飛ばした。そして、それに抗議した酋長を毒殺し、後続の酋長が抵抗の戦いを挑んたときにはワンパノアグ族を壊滅状態にした。勝利した白人入植者は酋長の頭を槍の上に刺して、見せしめとして飾った。このときに惨殺されたインディアンは他の部族も含めて約4000人と言われる。

その後も、白人たちはアメリカ全土でインディアンから土地を奪い、虐殺し、奴隷にし、作物が採れない場所に追いやったのだ。

感謝祭に七面鳥の丸焼きを食べながら家族団らんをするアメリカ人のほとんどが、この残酷な歴史を知らないか、無視している。先住民に対するアメリカの白人の態度は、おもに「過去のことにこだわっているから前に進めないのだ。さっさと忘れて、自分たちの暮らしを良くするために努力したらどうだ?」というものだ。

だが、現在のインディアンのコミュニティが貧困、アルコール依存症、家庭内暴力といった社会問題を抱えている根本的な原因は、この血みどろの歴史にあるのだ。それなのに、どうすれば忘れ去ることができるのか?

今作でデビューした作家トミー・オレンジ(Tommy Orange)の『There There』の根底には、その血みどろの歴史と行き場のない憤り、そして未来への迷いがある。

この小説には、カリフォルニア州オークランドに住むインディアンの血筋を引く者が多く登場する。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アメリカン航空、今年の業績見通しを撤回 関税などで

ビジネス

日産の前期、最大の最終赤字7500億円で無配転落 

ビジネス

FRBの独立性強化に期待=共和党の下院作業部会トッ

ビジネス

現代自、関税対策チーム設置 メキシコ生産の一部を米
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負かした」の真意
  • 2
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学を攻撃する」エール大の著名教授が国外脱出を決めた理由
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    日本の10代女子の多くが「子どもは欲しくない」と考…
  • 5
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 6
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 7
    アメリカは「極悪非道の泥棒国家」と大炎上...トラン…
  • 8
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「iPhone利用者」の割合が高い国…
  • 10
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 1
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 2
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 3
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 4
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 5
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 6
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 7
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 8
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 9
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 10
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story