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理想的な大統領に自分を投影している、ビル・クリントンの政治スリラー
エキゾチックな東欧出身の女性暗殺者やスパイ、謎のイスラム教テロリスト、ホワイトハウス内の裏切り者など、トム・クランシー、ネルソン・デミル、ジョン・ル・カレを彷彿とさせるところがあり、彼らのファンが楽しめるスリラーだ。しかし、元大統領しか書けない情報が暴露されている本ではない。
『The President Is Missing』のユニークな価値は、ビル・クリントンがダンカンに自分を投影しているところにある。
小説の冒頭は、クリントンがモニカ・ルインスキー事件で弾劾裁判にかけられた事実を思い出させる。この部分には、彼が感じたに違いない共和党やメディアに対する苦々しい心情がにじみ出ている。行間からは「共和党がやったことがどんなに愚かなことか、わかってくれ」というクリントンの思いが読みとれる。
また、ダンカン政権では、FBI長官、副大統領、大統領首席補佐官という主要な地位にあるのが女性であり、この世界ではイスラエル首相も2人の腕利き暗殺者も女性である。ビル・クリントン自身が女性を多く起用した初めての大統領として知られていたが、オバマ大統領に惚れ込んだ若い世代はそれを知らない。クリントンは、自分が女性起用のチャンピオン的存在だったことをこの本で読者に思い出させようとしているのかもしれない。
これらの部分を含め、ダンカンはあまりにも理想的な大統領なのだ。自分の安全よりアメリカを優先し、病死した妻のことを想い続けてデートすらしない。クリントンがダンカンに自己投影をしているのは明らかなのに、その人物が理想的すぎるので、読んでいるこちらが、少し赤面してしまうところもある。
最後の部分でダンカンが蛇足としか言えないようなスピーチをするが、それも、現役の大統領時代に非常に人気が高かった自分のイメージを復活させようとしているように感じてしまった。
ダンカンが妻と出会ったときのエピソードは、ビル・クリントンがヒラリーと会ったときの実話によく似ていて微笑ましいのだが、小説の中ではその最愛の妻は病死している。
ミステリーも良く読むヒラリーは、創作中にこの小説を読んでアドバイスもしたようだ。しかし、フィクションの中で殺されたことや、死んだ後も妻だけを愛しているダンカンについては複雑な思いを抱いたのではないかと想像する。
今度はヒラリーにコメディタッチの小説を書いてもらいたい。その中でフィクションのビルがどう扱われるか、とても興味があるので。
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