コラム

高級スーパー「ホールフーズ」を買収したアマゾンの野望とは?

2017年06月20日(火)16時00分

それは、「顧客の購買行動を全面的に変える」ことではないだろうか。

ネット書店として始まったアマゾンは、ごく短期間に、顧客の本の買い方だけでなく、読書行動そのものを根こそぎ変えた。

アマゾンを利用すれば、読みたい本を当日か翌日に受け取ることができるし、キンドルで即座にダウンロードすることもできる。また、ジムでキンドル本を読みながらランニングマシーンで走り、オーディオブック(アマゾンで購買したAudible)で本を聴きながら料理や掃除をするという、新しい読書習慣を生み出した。

アマゾンは、個人の購買履歴とブラウジングのアルゴリズムで導き出した「お薦め本」を表示することも忘れない。そこで気に入った本に出会うこともあるので、利用者は薦められた本をチェックして購入するようになる。そのうち、わざわざ書店に出かけて自分で選ぶのが面倒になってくる。

このような本の購買に慣らされたアマゾンの利用者が、日用品や衣料品もアマゾンで購入するようになるのはごく自然なことだ。

【参考記事】ネットでコンテンツの消費はするが、発信はほとんどしない日本の子どもたち

便利さと引き換えに利用者がアマゾンに提供しているのは、膨大な個人データだ。利用者がどんな本を読み、どんなテレビ番組や映画をいつ観るのか、といった情報だけでなく、家族構成からスポーツなどの趣味まで把握している。そして、独自のアルゴリズムで「お薦め商品」を常に提示し、購買意欲を刺激する。利用者がそれに気付いていても、アマゾンの誘惑に抗うのは難しい。

最近アマゾンがオープンしたリアル書店は、多くの意味で従来の書店とはまったく異なる存在だ。本の在庫は最小限で、平積みはない。「もしこの本が好きなら、これらの本も好きになるはず」という表示がある陳列棚には、読者レビューの星の数も表示され、まるでアマゾンの「ベストセラー」ページそのものだ。

amazon170620-books02.jpg

ニューヨークにオープンしたアマゾンの書店に並ぶ「お薦め商品」

アマゾンのリアル書店には、従来の書店にあった「偶然の出会い」はほとんどない。利用者が自由意志で選んでいるように錯覚しそうだが、実はアマゾンが示す選択肢を受け入れているだけだ。

アマゾンは、ホールフーズを通じて、同じように食料品販売でも顧客の購買行動を変えていこうとしているのだろう。アマゾンのリアル書店のようにプライム会員を優遇することで、プライム会員を増やし、同時にデータも収集する。

そこからは、何を食べる人がどんな本を読み、どんな趣味を持ち、どんな購買活動をするのかが立体的に浮かび上がってくる。そしてアルゴリズムで導き出された選択に従って、ユーザー会員は「便利な」消費生活を送れるようになるはずだ。

しかしその便利さは、膨大な個人データと引き換えにしか手に入らないものだ。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story