コラム

輝かしい未来を末期がんで奪われた若き脳外科医の苦悩

2016年02月10日(水)17時00分

末期がんにおかされた脳外科医に対して、主治医はぎりぎりまで医療現場に立つことを勧めた XiXinXing-iStock.

 アメリカで脳神経外科医になるのは非常に難しいし、時間がかかる。

 アメリカには日本のような「医学部」がなく、医師になるためには、4年制の大学を卒業してから通常4年制のメディカルスクール(医学大学院)で学ばなければならない。メディカルスクール卒業後にはレジデンシープログラム(日本で言うなら研修医の制度)があるのだが、これは専門によって大きく異る。

 アメリカでは、心臓外科医や脳神経外科医はスターだ。一人前になったら、病院から優遇され、豪邸を持ち、裕福になれる。

 だが、メディカルスクール卒業後に脳神経外科のレジデントとして受け入れてもらえるのは、全米でたったの160人だけ。しかも、一人前の脳神経外科医になるまでに7年の「下積み生活」(レジデンシープログラム)を終えなければならない。

 だから、メディカルスクールでもっとも成績がよく、しかも競争心が人一倍強い人でないと脳神経外科医の道は選ばない。

 本書『When Breath Becomes Air』の著者Paul Kalanithiは、スタンフォード大学病院でレジデンシープログラムの激務をこなしていた脳神経外科医だった。

 子どもの頃から文学を愛し、作家を夢見ていたが、大学卒業後に人生の意義を考え、医学の道へと方向転換した。少し道草をしたので 36歳になっていたが、指導医たちから手術の腕と仕事ぶりを高く評価され、研究では名誉ある賞を受賞し、多くの有名病院からリクルートの声がかかっていた。

 文学の道もあきらめたわけではなく、医師としての仕事の幅を広げ、将来は著作活動をするつもりでいた。同じくインド系アメリカ人で医師かつノンフィクション作家として有名なAtul GawandeやSiddhartha Mukherjeeに続くことを夢見ていたかもしれない。

 けれども、「これから」というときに、骨にまで転移している末期の肺がんにおかされていることがわかったのだ。

 医師として日常的に患者の「死」とかかわってきたKalanithiは、死が避けられないこととは知りつつも、患者のために戦おうとしてきたし、それが自分の責任だと信じてきた。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アメリカン航空、今年の業績見通しを撤回 関税などで

ビジネス

日産の前期、最大の最終赤字7500億円で無配転落 

ビジネス

FRBの独立性強化に期待=共和党の下院作業部会トッ

ビジネス

現代自、関税対策チーム設置 メキシコ生産の一部を米
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負かした」の真意
  • 2
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学を攻撃する」エール大の著名教授が国外脱出を決めた理由
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    日本の10代女子の多くが「子どもは欲しくない」と考…
  • 5
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 6
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 7
    アメリカは「極悪非道の泥棒国家」と大炎上...トラン…
  • 8
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「iPhone利用者」の割合が高い国…
  • 10
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 1
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 2
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 3
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 4
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 5
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 6
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 7
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 8
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 9
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 10
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story