コラム

テロを恐れつつ、アメリカにも距離を取る多民族国家カナダ

2015年12月17日(木)16時00分

カナダのサイバーセキュリティ

 日加平和安保協力シンポジウムでは、サイバーセキュリティのパネルも設定された。パネルの冒頭、司会者が「サイバーセキュリティが重要な課題だと思う人は手を挙げてください」と聴衆に問いかけると、聴衆の全員が手を挙げた。サイバー攻撃による直接的な死者はおそらくまだ世界で一人も出ていない。それにもかかわらず、潜在的な脅威としてサイバー攻撃はカナダでも広く認知されているということである。カナダ企業も中国からと見られるサイバー産業スパイの犠牲になっている。

 サイバーセキュリティのパネルのカナダ側の登壇者は、トロント大学のシチズン・ラボの研究者であった。シチズン・ラボは、ダライ・ラマに絡む中国の大規模なサイバー・エスピオナージ(スパイ)活動とされている「ゴーストネット」を暴いたことで知られている。シチズン・ラボは、その後も各種のサイバー・オペレーションの実態や、各国政府によるインターネットのコントロールに関するレポートを出している。

ハッカー倫理の是非

 ここでもイスラム過激派が論点の一つになった。イスラム国はリクルート活動や広報活動のためにツイッターなどのインターネット・メディアを活用している。それに対してハクティブズム集団のアノニマスが大規模な攻勢をかけ、数千のアカウントを潰したと主張している。聴衆の中には、これまでのアノニマスの活動に反発を抱いている人もおり、アノニマスにとっての正義をどう捉えるか議論が行われた。アノニマスがやっていることはイスラム国の活動を潰すという点では良いかもしれないが、関係のないアカウントが巻き添えで狙われてしまうということも起きており、それは表現の自由の侵害なのではないかという声もあった。おそらく、インテリジェンス機関が追いかけていたアカウントまで潰されてしまい、追えなくなってしまうという事情もあるのだろう。

 同じく議論が分かれたのが、エドワード・スノーデンにとっての正義である。スノーデンは、おそらくハッカー倫理に沿った考え方をしている。「ハッカー」はすっかり悪事を働く者の代名詞になっているが、もともとは米国ボストンのマサチューセッツ工科大学の鉄道クラブに起源を持つ。本来のハッカーは、想定外の技術の使い方をすることによって世の中を良くしようと考える人たちのことである。しかし、彼らの技能は、門外漢にとっては魔法のように見え、魔女狩りのような扱いを受けるようになっている。

 本来のハッカー倫理の影響を受けた人たちは、自分たちの技能を使って世界をより良い方向に変えたいと願っている。ウィキリークス、アノニマス、スノーデンらは、いずれもそうした彼らなりの正義を追求しようとしている。しかし、それが既存の法律とぶつかるとき、新たな軋轢が生まれる。

日加協力の深化

 カナダ政府の北東アジア担当者は、日本が大国となりつつある中国との距離の置き方に悩んでいるのは興味深いという。なぜなら、カナダもまた隣の大国である米国との距離の置き方に悩んできたからだという。おそらく、カナダと米国の間には、表にはあまり出ないものの、アプローチの差があるということなのだろう。

 カナダは、東向きで大英帝国だけを見ていれば良かった時代を過去のものにしつつある。南にはちょっと付き合いにくい大国の米国、北には協調的な政策を捨て去りつつあるロシア、そして、騒ぎが大きくなりつつある西のアジアも見なくてはいけなくなっている。米国のバラック・オバマ大統領はアジアへのリバランスを強調しているが、カナダのトルドー首相も、アジアや中東への関与を念頭に置き、外務省の名前を「グローバル・アフェアーズ・カナダ」という名前に思い切って変更した。

 日本とカナダとの間では、2010年に「政治・平和及び安全保障協力に関する日加共同宣言」が出ているが、それから5年が経ち、カナダでは新政権が誕生した。米国とは少し違ったアプローチで平和と安全保障を考えるカナダとの提携を深めても良い時期だろう。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

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