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効き目がなかった米国の対中サイバー交渉戦術
そもそも誰が中国でサイバー攻撃を行っているのかを見ると、この問題の背景は多少は理解できる。
第一に、不満を持つ若者たちである。中国の経済成長は鈍化しつつあり、大学を卒業しても仕事がない若者たちが多くなっている。経済が豊かになるにつれ、かつてのように、どんな仕事でも良いというわけにはいかなくなり、見栄えと実入りの良い仕事を競うようになっている。そうした仕事に就けない若者たちは、地下の穴蔵のような地下室で共同生活を送り、「アリ族」や「ネズミ族」とも呼ばれ、不満のはけ口をサイバー攻撃に見いだしている。
第二に、経済的な利得につながる情報を盗み出そうとしている人たちである。こうした人たちは国内外問わず、金儲けになりそうな情報は何でも盗もうとしている。中国企業が中国企業に対してサイバー攻撃を仕掛けることも無数にある。産業スパイは日常茶飯事ともいって良い。
第三に、よく名指しされる人民解放軍である。彼らも経済的利得につながるサイバー攻撃を行うことがあり、米国が最も非難しているのはそうした攻撃である。しかし、軍事的な切り札としてのサイバー攻撃はまだ行っておらず、温存しているはずである。平時に使ってしまっては意味がない。むしろ、戦時に備えた偵察行動が行われている。
第四に、政治的なスパイである。中国国内では全てが権力闘争といっても良い状態である。そうした国内事情を国外にも投影し、中国の政治アクターは、米国や日本の国内の権力闘争の実態を知りたがる。そうした権力闘争が全くないとはいわないが、中国のような苛烈な政治闘争はほとんど見られない。存在しない情報を必死に中国のスパイたちは探している。
中国共産党の統治能力
上述のような攻撃者たちの存在を中国の研究者に指摘したところ、「どこの国でもそうだろう」と答え、否定はしなかった。
こうした多様な攻撃者たちが存在するとしたら、中国共産党が抑えられるのはどこまでか。米中首脳会談の際、習主席は「中国には13億人もいる」とオバマ大統領に釘を刺したという。つまり、習主席が全てのサイバー攻撃者を止められるわけではないという意味である。中国では検閲が行われているから簡単に摘発できると我々は思いがちだが、6億人ものインターネット利用者がいると、そう簡単でもない。インターネットについては、中国政府は人民一人一人の統制からインターネット事業者を通じた統制へと切り替え始めている。事業者の顧客が何か悪いことをすれば営業許可を取り消すと圧力をかけ、間接的な統制をしようというわけである(中国ではコンテンツ事業者にも営業許可が必要である)。事業者は、当局を怒らせず、顧客の不満も最小化できる線(中国では「底線」と呼ばれる)がどこにあるのか、フラフラしながら探している状態である。
常識的に考えれば、非政府アクターとしての若者たちと経済スパイたちを全て止めるのは難しいとしても、人民解放軍と政治スパイは共産党の力で止められそうなものである。しかし、いずれのサイバー攻撃も止まっていないと米国側は見ている。
中国では中国共産党が全てをコントロールしているという見方はもはやできない。人民解放軍に対する統制がきいていないのではないかという指摘は各所で聞かれるようになっている。軍が起こした行動を党首脳や政府のスポークスマンが把握していないケースが起きている。
習体制の政治基盤はすでに固まったとする見方がある一方で、反腐敗運動が苛烈な権力闘争の表出だとすれば、まだ政治基盤は固まっていないとも見ることもできるだろう。習体制の目に見える成果は内政でも外交でもまだない。
オバマ政権側の我慢も限界に来ている。サイバー攻撃に対する経済制裁は今のところ行われていないが、南シナ海をめぐる問題ではオバマ政権の強気の姿勢がはっきりしてきた。すでにレームダック期間に入りつつあるオバマ政権としては、これから1年間続く大統領選挙への影響に配慮しながら対応を考慮していくことになる。「名指しと恥さらし」を続けていくのか、踏み込んで経済制裁に踏み込むかが、当面の政策判断になるだろう。
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