コラム

「五輪で感動」を押し付ける日本のスポーツ界に、外国人が感じる「不思議さ」

2021年07月08日(木)18時18分
石野シャハラン
東京五輪の聖火

Issei Kato-REUTERS

<日本のスポーツ界は、なぜ純粋にスポーツを楽しむ環境にないのか。イラン人筆者が見る五輪へのうんざり感の正体>

日本は、私の生まれ育ったイランよりスポーツ観戦の楽しい国である。イランで人気があって世界に通用する競技といえば、サッカー、レスリング、柔道、重量挙げ、それにバレーボールくらい。それに比べて日本は、柔道はもちろんのこと、ありとあらゆる競技で国際試合に選手を輩出し、メダルを取っている。イランよりも小さな国なのに、よほど指導者と資金と環境に恵まれているのだろう。素晴らしいことだ。

一方で、日本のスポーツ報道には不思議に思うことが多い。以前から全国高校野球選手権や箱根駅伝では、選手の苦労話や家族のドラマを交えて報道するのが恒例だった。

近年は他のさまざまなスポーツの報道でも、競技自体とは関係ないストーリーが語られる場面が目につく。各国の記者が出そろう会見で「いま一番食べたいものは何ですか」と聞いて選手を居心地悪そうにさせても平気だったり、実況者が歯の浮くような自分のセリフに酔っていたり、試合の前座でアイドルにコンサートをさせたり、応援がうるさ過ぎて耳を塞ぐくらいだったり。

競技自体より、芸能人が中継でしゃべる場面のほうが長いこともあったりして、私はしばしば唖然とさせられる。単にスポーツ報道が成熟していないだけかと思ってきたが、どうやら違う。物語仕立てにしたほうが視聴者を簡単に感動させられて、視聴率や部数を取れるから、が理由のようだ。

CMも「みんなで一緒に感動しよう」ばかり

最近では選手たちも手慣れたもので、「感動を与えたい」とインタビューで答える選手がたくさんいる。菅義偉首相も東京オリンピック・パラリンピックを「夢や感動を伝える機会になる」と言う。新型コロナウイルス感染拡大前の大会オフィシャルスポンサーのテレビCMも「みんなで一緒に感動しよう」という作りのものばかりだった。

日本のスポーツの周辺には「感動」という言葉があふれ過ぎている。そもそも「感動」はメディアが押し売りするようなものではない。何に、どんなふうに「感動」しようが、見る者の勝手である。確かに病気やケガを克服して競技に復帰する姿は美しいし、見る者の胸を打つ。それでも日本のスポーツファン層は、あまりに安易な「感動」話で水増しされているように思えてならない。

コロナ感染が収まらないなかでの東京五輪の開催機運が日本国民の間で全く盛り上がらないのは、この「感動」のイメージ戦略がコロナで水を差されてしまったためではないだろうか。確かに感染拡大が深刻になる不安も大きい。だが「感動」をあおる大会組織委員会やメディアやスポンサーの裏にある、多額のマネーが動く現実に多くの人がうんざりしてしまっている。これでは「感動」できないし、シラケるばかりだ。

プロフィール

外国人リレーコラム

・石野シャハラン(異文化コミュニケーションアドバイザー)
・西村カリン(ジャーナリスト)
・周 来友(ジャーナリスト・タレント)
・李 娜兀(国際交流コーディネーター・通訳)
・トニー・ラズロ(ジャーナリスト)
・ティムラズ・レジャバ(駐日ジョージア大使)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米新規失業保険申請、20万8000件と横ばい 4月

ビジネス

米貿易赤字、3月は0.1%減の694億ドル 輸出入

ワールド

ウクライナ戦争すぐに終結の公算小さい=米国家情報長

ワールド

ロシア、北朝鮮に石油精製品を輸出 制裁違反の規模か
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 7

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 8

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 9

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 10

    「みっともない!」 中東を訪問したプーチンとドイツ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story