人工知能が経済格差と貧困を激化する
Uberが開発を進めていた自動運転車 Aaron Josefczyk-REUTERS
<人工知能が人間の能力を超えた後の経済を予測して話題の井上智洋著『人工知能と経済の未来』。経済学の問題として、この未来社会を考える>
人工知能(AI)が囲碁で世界トップ棋士に勝ったことで、認知能力や画像認識などで人間を上回るその「知性」に国際的な注目が集まった。特にこの対局に使用されたグーグル社の開発した「アルファ碁」はいわゆる汎用型AIと呼ばれるもので、碁というゲームに特化したものではなく、通常の人間と同じように碁のルールを学び、自分で(人間が現実には実現できない数量の)自己対局を繰り返すことで、みずから学習しただけだった。
つまりその学びのプロセスは、人間と大差ない。しかしそれは量的にも質的にも天才といわれる人間をも超える水準となっていることが特徴だ。この人工知能には汎用性があるので、碁だけではなく、およそ人間がいま携わるすべての知的活動に応用可能になる。これがもし本当に実現すれば、人工知能は人間を超えるだろう。そのような事態をシンギュラリティ(技術的特異点)という。
【参考記事】MITメディアラボ所長 伊藤穰一が考える「AI時代の仕事の未来」
2045年では、雇用の大半が人工知能に置き換わる...
井上智洋講師(駒沢大学)は、このシンギュラリティ以後の経済を予測する『人工知能と経済の未来』(文春新書)を出版して話題をよんでいる。もし汎用人工知能が普及して、人間の労働を次々と代替していったらどうなるか? 汎用人工知能は、まず人間の脳の機能のうち重要な部分をそのまま再現・強化する「全脳型アーキテクチャー」として実現するに違いないと、井上氏は指摘する。2045年がその実現の予測日であり、さきほどのシンギュラリティに該当する。
この2045年では、雇用の大半が人工知能に置き換わるだろう。井上氏の推計だと、日本の人口の1割しか働く人がいなくなる。そして世界経済が深刻な「技術的失業」の危機に直面するのではないか、というのが井上氏の大胆な仮説だ。
技術的失業が話題になるのはそう珍しいことではない。第一次産業革命(蒸気機関が主導)の時代のラッダイト運動が有名だ。繊維工業での機械の導入によって、自分たちの労働が奪われることを懸念した人たちが起こした機械打ちこわし運動をいっている。機械の導入は、労働者の余暇を増加して、働く時間が短くなることで時間単位あたりの実質賃金が向上すると、当時の経済学者のディビッド・リカードゥは当初、前向きな評価だった。ところが彼はのちに、機械の導入によって労働は節約されてしまい、技術的失業が深刻になると考えを改めた。
ところで多少、難しくなるのだが、リカードゥは景気が悪くなって不況になるとは考えていない人だった。これは常識的にはおかしなことに思えたが、リカードゥによれば「不況にみえても、それは経済全体の不況ではなく、ごく一部のことだ。時間がたてば人やカネなどの資源はもっと将来性のある部門に移動することで、経済は機能していく」と考えた。人々が買うお金がないので不景気が発生して働き口が存在しないような「需要不足による失業」は論理的にありえないと、リカードゥ(だけではなく当時の経済学者の大半)は考えた。
さきほどの技術的失業も、機械に職を奪われても、他の部門では機械に代替できない働き口が必ずあるだろう。そのため問題はそれを見出す間のロスタイムや、または機械に代替されない技能を身につける学習時間を要するだけである。このような考え方は「摩擦的失業」と今日では呼称されるものの一部だ。技術的失業に対しては、いまの日本経済でしばしば話題になっているような、減税や公共事業の増加による財政政策、または金融緩和政策は不要である。むしろ政府のやることは、職業紹介や職業訓練などの限られたサポート役でしかない。このような経済学の考え方は、実は現代でも国際的な「主流派」のひとつである。
ところがリカードゥの時代と異なる問題が、人工知能による技術的失業には発生する可能性がある。なぜなら人間のほぼすべての知的・肉体的活動を、人工知能が代替するからだ。そこが汎用型AI、全脳型アーキテクチャーのもたらす衝撃の大きさだろう。ちなみに人間の脳をそのまま模倣して強化した全脳型エミュレーションになると、すべての面で人間を超えてしまう。この全脳型エミュレーションの時代は、まだ先で今世紀の後半から来世紀にかけてと論者によって様々である。
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