人工知能が経済格差と貧困を激化する
防御策としてのベーシックインカム
井上氏によれば「汎用型AI、全脳型アーキテクチャー」によって代替できない労働(というよりもAI的には生産とした方がいい)としては、人間の自発的な欲望や衝動に基づいた「生命の壁」にかかわる領域のみとなる。AIは芸術家や身近な仕事レベルで創発的に仕事を生み出す人たちにくらべると、開発者やコントロールする側から課題の設定をしてもらえないと自ら問いを生み出し解決することができない。もちろんこの「生命の壁」のあるなしについても議論があって、まだ議論は始まったばかりのようだ。
ところでこの「生命の壁」によって守られた領域以外は、すべて人間の労働が人工知能におきかわると、さきほどの技術的失業が生じる。ここで井上氏の独創なのだが、この人工知能による技術的失業は、リカードゥらの考えに反して、実は需要不足が密接に連動しているという。先ほどリカードゥでは、時間をかければ職がみつかると書いた。しかし井上氏は、「労働移動するには移動先に仕事が存在していなければならず、そのためには十分に需要が拡大していなければならないからです」(前掲書、133-4頁)と指摘する。そして需要不足することがないように、人工知能による爆発的な生産増に対応して、需要を拡大するような金融緩和政策中心の政策が求められる。
いわば人工知能のイノベーションに負けないだけの、お金のイノベーションも必要なのだ。お金のイノベーションが不足すれば、ものすごい雇用不足が発生したり、また人工知能時代のイノベーションも阻害される。なぜなら爆発的に生産性があがっても、それで生み出された財やサービスを購入するお金が生み出されていなければ、在庫などがかさむだけで膨大なムダが生じる。
さらに人工知能に代替されやすい人たちとされにくい人たちとの間で、経済格差が生じる、ということを井上氏は特に懸念している。例えば、「無人に近い格安レストラン」と「人間が対応する高級レストラン」にわかれてしまい、サービス職業従事者の二極化が極端にまで進むだろう。そうなると人工知能に代替されて、そのまま労働市場から排除された人たちの生活の困難の度合いと、またその人数は膨大なものになり想像を絶する。
その防御策として、彼はベーシックインカムを提起する。ベーシックインカムとは、一定の所得をすべての国民に与える政策である。これによって猛烈に生じるはずの摩擦的失業や、またイノベーションの速度にお金のイノベーションが追いつかないときの需要不足の失業の両方に対応できる。
井上氏の議論にはいろいろ疑問もある。本当にシンギュラリティは来るのか、がまずその代表だろう。だが、経済格差の重要なパターンを、彼の議論は提起し、今後の討論の基礎となるだろう。
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