コラム

「財政危機」のウソと大災害

2016年04月25日(月)16時00分

「金融引き締めスタンス」の採用は被災地の経済活動や、被災地を支える日本全体の活動を停滞させてしまう Yuya Shino-REUTERS

この20数年、災害に対しての経済政策は適切ではなかった

 熊本地震の強い余震が続くなか、被害の全容は正確につかむのが難しい状況が続いている。避難生活者も屋内・屋外ともに10数万人いるといわれているが、その実数の把握も困難なままだ。これだけの強い地震が波状的に、しかも震源地を広範囲に移動しながら長期間続くことは、専門家も未知の領域だという報道にも接した。

 深刻な被害を招く大地震には、この20年以上で何度も日本社会は経験してきた。阪神淡路大震災、新潟県中越地震、東日本大震災、そして今回の熊本地震。もちろんこれ以外にも数多くの地震があり、ひどい被害があった。もちろん地震だけではなく、自然現象に起因する様々な災害があり、社会に深刻な被害を残し、その影響は容易に消えることがない。

 他方で、このような激甚な災害に対して、この20数年、日本政府の経済政策的な対応は必ずしも適切なものとはいえなかった。特に20数年近い日本経済を振り回してきたのが、消費税の税率引き上げ問題である。消費税は日々の私たちが購入する様々な財やサービスに課せられるものであり、日本では一度引き上げられればいままで下がることがない硬直的で、また"恒常的"な増税手段になっている。実際には、イギリスでも類似の税制度の税率の引き下げを(景気悪化に対応して)行ったこともあり可変的なものだ。また不思議なことだが、消費税増税については、ここ20数年の大地震の歴史をみてみると、まるで災害に乗じるかのように増税が強く主張され、政治的に準備されている。

増税への誘導、事実上の金融引き締めは絶対に避けるべきだ

 またもうひとつの日本の経済政策のかく乱要因は、災害に当たっての日本銀行の「金融引き締めスタンス」の採用である。阪神淡路大震災のときは1ドル79円、東日本大震災でも1ドル76円の円高水準になってしまった。為替レートは異なる国の通貨の交換比率であり、基本的に各国の通貨量に比例する。日本経済の活動が震災で落ち込むときに、それに合わせるかのように通貨量を調整して縮小させてしまうと、急激な円高が起こりやすい。つまり事実上の金融引き締めスタンスになる。金融引き締めは被災地の経済活動はもちろんのこと、被災地を支える日本全体の活動を停滞させてしまう。

 現在の熊本地震をめぐる状況では、上記のような増税への誘導、事実上の金融引き締めは絶対に避けるべきことだ。だが、いまの日本経済では依然としてこの両者が大きな重荷になっている。ただ後者の日本銀行の「事実上の金融引き締めスタンス」は正確にいえば、過去の大災害の時にくらべれば、比較にならないほどの緩和基調ではある。また金融政策のスタンスは、インフレ目標を設定し、過去にみないほどの長期国債などの買いオペをすすめている。もちろん現状では、より一段の金融緩和を行う余地があり、それが今後も論点にはなるだろう。

プロフィール

田中秀臣

上武大学ビジネス情報学部教授、経済学者。
1961年生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は日本経済思想史、日本経済論。主な著書に『AKB48の経済学』(朝日新聞出版社)『デフレ不況 日本銀行の大罪』(同)など多数。近著に『ご当地アイドルの経済学』(イースト新書)。

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