コラム

「財政危機」のウソと大災害

2016年04月25日(月)16時00分

 より深刻な問題は、政府側の財政面での政策にある。大災害に際して、または日本経済の低迷に対しても大胆な財政政策の出動が機動的に行われてこなかった。いまも消費税増税のシナリオが設定され、それが放置されればやがて熊本地震で被災された方々、またはそれ以前の大災害でいまだに困難な状況にある人たちを深刻な経済状況に追いやってしまうだろう。

 なぜ深刻な大災害でも政府は事実上の「増税スタンス」を崩さないのだろうか。その理由のひとつとして「財政規律」というマジックワードが登場する。簡単にいえば、日本の「借金」は1000兆円をはるかに超える金額であり、これ以上の財政の悪化をさけるためには、「野放図」な財政拡大政策は採用できない、という考え方だ。つまり「財政危機」を回避するために「財政規律」が必要だ、という考え方である。これが大災害時での「増税スタンス」を不可避なものにしている。

大災害時の「増税スタンス」は、まさに典型的な「誤った経済思想」だ

 だが、このような大災害時の「増税スタンス」は、まさに典型的な「誤った経済思想」であり、多くの政策当事者たちを惑わしている「既得観念」と呼ばれる偏見である。

 例えば、日本の財政状況をもう一度、この種の「既得観念」に寄らずに判断してみよう。少し前になるが、若田部昌澄教授(早稲田大学)が、フォーブスの英語ブログで掲載した記事Japan's Fiscal Situation Is Not As Bad As Many Assume (日本の財政状況は多くの人が想定しているほど悪くはない)でも評価していただいた、私のブログの記事がある。

 その記事の内容を簡単に紹介すると、デビッド・ワインシュタイン教授(コロンビア大学)、高橋洋一教授(嘉悦大学)の主張を参考にしながら、日本の財政状況を客観的にまとめたものだ。財務省のホームページにある「連結財務書類」の貸借対照表の概要や、また日本銀行の資金循環統計や営業毎旬報告を参考にして、日本の統合政府(政府、政府関連機関、日本銀行)の純債務は198兆円、日本経済の名目GDP比では41%程度になると推計したものである。しかもここ数年、日本の長短国債金利は極めて安定的であり、マイナス金利が採用されてからはマイナス域にも突入している。また消費増税の影響で不十分ではあるものの、(アベノミクス≒リフレ政策の効果で)名目GDP成長率も緩やかに改善していて、このことも名目GDPと純債務比を安定的なものに転換している。また日本銀行の国債保有額も上記の推計を行ったときに比べて大幅に増加していて、2015年第4四半期では331兆円である。正確な推計は別途する必要があるが、おおざっぱにいって、名目GDPの改善、国債金利の超安定化、さらに日銀の国債保有スタンスの規模拡大&長期化を勘案すると、純債務は急速に縮小していて100兆円を割り込む可能性も将来的にでてきている。

財政再建に目処がついている

 広義の政府を利用した純債務推計ではなく、従来型の「政府の借金」試算を前提にした論説ではあるが、会田卓司氏(ソシエテジェネラル証券 東京支店 調査部 チーフエコノミスト)は、論説「財政再建へ正しい道筋 政府負債残高GDP比率がとうとうピークアウト」の中で、政府がリフレ政策(デフレを脱却してインフレ目標の到達を目指す政策)を採用したため、名目GDPが着実に増加して、それが税収の回復に至ることで、財政再建に目処がついていることを実証している。

 つまり現段階で、「財政危機」は急速に終焉に向かっている。このため「財政危機」をいたずらに声だかにし、「増税スタンス」を強調する主張は、重度の「既得観念」にとらわれた間違った政策主張といえる。

 大災害にあたって必要なことは、財政政策と金融政策の大胆な採用によって、経済全体(名目GDP、やがては実質GDPの拡大に至る経路)をしっかり立て直すことによって、経済面からの支援を行うことだ。まさにいま「増税スタンス」との戦いが必要だ。

 

プロフィール

田中秀臣

上武大学ビジネス情報学部教授、経済学者。
1961年生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は日本経済思想史、日本経済論。主な著書に『AKB48の経済学』(朝日新聞出版社)『デフレ不況 日本銀行の大罪』(同)など多数。近著に『ご当地アイドルの経済学』(イースト新書)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story