コラム

トランプの世界観:イラン制裁再開で何を目指すのか

2018年05月28日(月)17時30分

結局は選挙対策でしかない

このように、アメリカはイラン核合意を離脱し、ポンペオ国務長官がリストに挙げた12箇条の要求を突きつけ、効果の高い二次制裁を含む「史上最強の制裁」を実施することで、イランの行動を変えようとしている。しかし、イランはもちろんのこと、欧州や中露もこのアメリカの行動に全く共感を示さず、同調する気配もない。

こうした中で、アメリカの要求は受け入れられ、目標は達成されるのだろうか。イランはイラン核合意の前までアメリカの二次制裁を受け、さらにはEUの独自制裁も科されていた。国連安保理による制裁もあったため、中露も正面から制裁を破ることは避けており、世界中から制裁を受ける状況であった。その意味では、今回のアメリカの決断は2015年以前の状況に戻っただけということが出来よう。過去には制裁の強化で経済が困窮し、制裁解除を公約に掲げたロウハニ大統領が選出されたことで、イラン核合意が成立したが、今回はそうしたイラン社会の困窮や不満よりもアメリカに対する批判や怒りが高まっている。イランがそんなに簡単に音を上げるとは思えない。

また、トランプ大統領は昨年から進めている北朝鮮への制裁強化が、結果として米朝首脳会談を引き出したという認識を持っており、「強い圧力をかければ相手が膝を屈す」という図式がイメージにあるのかもしれない。しかし、その北朝鮮もイラン核合意離脱以降になって、態度を急変し、アメリカが一方的な要求を突きつけるなら米朝首脳会談に出席しない、という姿勢を見せ、それに対してトランプ大統領は米朝首脳会談を中止する決断をした。イランよりも強い制裁の下にある北朝鮮ですら、制裁によって膝を屈したわけではないことが明らかになりつつある(その背後に二度の中朝首脳会談があるとトランプ大統領は見ており、中国が制裁を緩めるとの認識があると見られる)。

アメリカは確かに強力な国家である。二次制裁を含め、相手に対して制裁を科せば、相当な圧力をかけることは出来る。しかし、北朝鮮もイランもそう容易に膝を屈することはせず、様々な手段を使って制裁逃れを試み、駆け引きを駆使し、自らの主権と尊厳をかけて交渉に臨むのである。トランプ大統領やポンペオ国務長官が求めるようなイランの政策の変化は、いかに「史上最強の制裁」をかけたとしても、実現することは難しく、非現実的な幻想と言わざるを得ない。

にも関わらず、イラン核合意を離脱し、制裁を復活させ、12箇条の要求を突きつけるのは、ひとえに11月に行われる中間選挙に向けて、自らの公約を守ったことをアピールし、アメリカ国内に蔓延している「イラン嫌い」の感情に訴えかけ、オバマ前大統領が結んだ「最悪の取引」であるイラン核合意を事実上崩壊させたということを主張したいからであろう。

そうして自らの支持層にアピールすることで、既にトランプ大統領の目的は達成されており、その後に突きつけた12箇条の要求は実現してもしなくてもあまり重要な問題ではない、と考えているのかもしれない。制裁が効果を出すのは、まだしばらく先であり、その頃にはもう既に選挙や政治的問題の中心は別のところに移っているであろうから、今回の決断についての評価は特に問題にならない、という認識でいるのかもしれない。

いずれにしても、そうした国内事情によって振り回される欧州企業や日本企業、欧州各国をはじめとするアメリカ以外の多くの国、そしてとりもなおさず新たな制裁によって大きな経済損失を被るイランは大きな迷惑であり、アメリカに対する静かな恨みと不満は相当大きなものになると思われる。

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

大和証Gの10-12月期、純利益は63.9%増の4

ワールド

原油先物上昇、トランプ関税を注視 週間では下落へ

ビジネス

蘭ASML、四半期決算での新規受注公表中止 株価乱

ワールド

トランプ氏「BRICS通貨つくるな」、対応次第で1
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 4
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 5
    東京23区内でも所得格差と学力格差の相関関係は明らか
  • 6
    ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「…
  • 7
    「やっぱりかわいい」10年ぶり復帰のキャメロン・デ…
  • 8
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 9
    空港で「もう一人の自分」が目の前を歩いている? …
  • 10
    フジテレビ局員の「公益通報」だったのか...スポーツ…
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 4
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 5
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 6
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 7
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 8
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 9
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 10
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 5
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 9
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 10
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story