コラム

エルサレム首都宣言とイラン核合意破棄の類似性

2017年12月11日(月)20時00分

いつものパターン

この一連の展開を受けて、強く感じるのは10月にイラン核合意に関して、IAEAがイランの核合意遵守を報告しているにも関わらず、イランが合意を遵守しているとは認めないと宣言したことと極めて類似している。

トランプ大統領は、このとき「対イラン包囲戦略」を発表し、イランの最高指導者ハメネイ師と革命防衛隊を名指しで非難もした。しかし、実際に取った行動は、イランが核合意を遵守しているとは認めないと宣言した以外は議会に判断を委ね、制裁を復活させるかどうかは議会が決めると丸投げしている。その後2ヶ月が経ったが結局制裁が復活することも、イランに対して積極的な圧力をかけることもなく、これまで通りの関係が維持されている。この点については10月14日付けの毎日新聞でコメントしたとおり、「強硬姿勢の宣伝」に過ぎないパフォーマンスであった。

同様に、今回のエルサレム首都宣言も、表向きは非常に強い宣言であり、これまでのタブーを破ったものではあるが、その中身をみてみると現状とほとんど変わっておらず、結局現状維持が継続されるということを示唆するものである。

選挙戦中に公約として掲げ、支持者の受けが良いテーマであるという点も両者に共通する。また、イランの合意履行の不承認とエルサレム首都宣言はともに議会によって定められた法律に基づいて報告義務があり、そこで大統領が現状を継続するか変更するかという選択が可能である、という点も共通する。つまり、議会によって何らかの立場を表明することが強制され、自らの信条や公約と合致しない選択をせざるを得ない状況にあることに耐えられない状況であった、という点も共通している。しかし、トランプ大統領の信条や支持者の喜ぶことを実際に行ってしまうと国際社会が大混乱となることも共通している。そのため、口先では勇ましい発言をし、支持者を喜ばせ、歴代大統領が出来なかった「英断を下す」パフォーマンスを展開しながら、現実には何もせず、現状維持を続けるという一連のパターンが全く同じように見えるのである。

この点から考えると、実はしばらくしても一向にエルサレムに大使館は移る気配を見せず、そのうち他の問題があれこれ出てくる中でトランプ大統領の宣言は埋もれてしまい、結局何も起きなかったということで、次第に状況が沈静化するということも考えられる。しかし、問題はトランプ大統領が一度立場を取ってしまった以上、パレスチナ側からは徹底的な不信感をもってみられることとなり、米国が仲介して中東和平が進むことは極めて困難になったと言えよう。

結果として、現実には何も起こらないが、トランプ大統領は支持者を喜ばせる代わりに、世界からの不信感を買い、中東和平を進めるためのコストをより高くしたということになるのであろう。そうすることにどこまで意味があるのかはわからないが、あくまでも「アメリカ・ファースト」「支持者ファースト」で考えるトランプ大統領にとっては、世界がどうなろうと次の中間選挙で有利になればそれで満足なのであろう。

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国スタートアップ、IPO凍結で投資家の償還請求に

ビジネス

米国債価格が上昇、財務長官にベッセント氏指名で

ワールド

プラスチック条約、最後の政府間議始まる 米の姿勢変

ビジネス

米財務長官指名のベッセント氏、減税と関税が優先事項
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではなく「タイミング」である可能性【最新研究】
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 5
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳か…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 9
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 10
    「典型的なママ脳だね」 ズボンを穿き忘れたまま外出…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 10
    2人きりの部屋で「あそこに怖い男の子がいる」と訴え…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 6
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 7
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 8
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story