コラム

マクロン新党の勝利の意味

2017年06月22日(木)17時00分

かといって、既存の政党に大きな信頼を寄せたのかと言えば共和党の落ち込みに見られるようにあれだけ苦戦し、票を失ったフィヨンよりも得票数が少なく、アモン/社会党に至っては大統領選第一回投票から超低空飛行が続き、その存在すら認められない泡沫政党化したことを示している。

マクロンが目指すもの

大統領選で大勝し、国民議会でも「共和国前進」で単独過半数を獲得したマクロンは、果たしてこれからの5年間で何を成し遂げ、何をもたらすのであろうか。

一つには、より積極的な欧州統合、とりわけ仏独関係の強化が考えられる。マクロンが目指す新しいフランスとは、これまでのようにドイツに従属し、自らの運命をグローバル化とドイツが主導するEUにゆだねるフランスではなく、積極的にフランスの利害を欧州で実現し、ドイツと交渉して緊縮財政を緩め、欧州の競争力を強化し、その結果としてグローバル化に対抗するフランスである。

マクロンの意識の中には、フランスやヨーロッパに対する非常に強い楽観と、イギリスのEU離脱や保護主義的な政策と自国中心主義をとるアメリカに対する懸念を持つドイツとの問題意識の共有、そして仏独を中心とした欧州の再建を手がけることで、現在フランスが抱えている様々な問題を解決し、国民に自信と希望を与えることがあると考えられる。

実際、9月に行われるドイツ総選挙ではこのまま行けば、メルケル首相率いるキリスト教民主同盟(CDU)が政権を維持するとみられており、マクロンとメルケルが協力してイギリスのEU離脱をマネージし、アメリカと対抗する欧州を再建することができれば、マクロンが目指すフランスの姿は、夢物語ではなく、現実的に想定可能なレベルにあると思われる。

しかし、こうした「親ヨーロッパ」の姿勢は、即、EUを肯定するというものではないと思われる。マクロンが目指す欧州再建は、ポーランドやハンガリーなど、EUに敵対的な姿勢を見せる国に妥協することはなく、マクロンが提示するビジョンに共感・共鳴する国を集めて前に進むという「二速度のヨーロッパ」ないしは「多速度のヨーロッパ」であろう。

マクロン首相は早速イギリスのメイ首相とも会談したが、それはイギリスを引き留めるためのものではなく、イギリスがEUを離脱したとしても良好な関係は保ちつつ、イギリスの自国優先的な態度に対しては突き放した関係を保つという事でもある。つまり、マクロンはあくまでもフランスのための「親欧州」なのであって、「親欧州」が目的という訳ではない。

また、マクロンの目指すフランスは、これまでの既得権益やイデオロギーに彩られた政策ではなく、プラグマチックに問題を解決していくための政策を推進するというものになるだろう。

その象徴的なものは、労働時間の改革である。これまで社会党政権の元で35時間に限定されてきた労働時間の規制を緩和し、より自由な労働の仕組みを導入することになるであろう。これに対しては様々な反発があるだろうが、マクロンは大統領選挙期間中に見せたように、労働者との対話を恐れず、自らの信ずるところを長い時間かけて説得することになるだろう。それで国民の支持を失うとしても、妥協することはないであろう。彼の目指すものは、そうしたイデオロギーに凝り固まり、問題解決の方法を自ら見いだせない人たちを啓蒙していくことであるからだ。

それは結果としてマクロンを不人気な大統領にする可能性もあるが、それ以上に、フランスが直面する閉塞感を打破し、新しいフランスの可能性を感じさせることで、グローバル化していく世界に対して柔軟に対応出来るフランスへと変革させることになるであろう。

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

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