最新記事
スマートニュース・メディア価値観全国調査

「政治と関わりたくない人たち」がもたらす政治的帰結

2024年2月13日(火)17時00分
小林哲郎(早稲田大学政治経済学術院教授)
(写真はイメージです) Ink Drop-Shutterstock

(写真はイメージです) Ink Drop-Shutterstock

<大規模世論調査「スマートニュース・メディア価値観全国調査」が明らかにした日本の「分断」。連載第6弾では、政治にかかわりたくない層の増加は、何をもたらすのか、早稲田大学政治経済学術院教授・小林哲郎氏が解説する>

■本連載の記事一覧はこちら

筆者は2015年末から2023年8月まで香港の大学で勤務したことから、2019年から2020年にかけて香港で発生した大規模なデモとそれに対する政府の弾圧を間近で目にする経験を得た。2019年6月、人口約740万人の香港で200万人(主催者発表)もの人々がデモに参加。レストランや小売店が民主派vs.親政府派・親中派に色分けされて、ボイコットやバイコットが日常的に行われていた。さらに、コロナワクチンを接種する際ですら中国製を選ぶか否かという選択肢さえもが政治化。生活の隅々にまで政治的な対立が行き渡っており、好む・好まざるに関わらず、政治に関与することはごく普通のことであった。

一方、日本は政治参加の水準が極めて低く、国民が投票以外の政治参加をほとんどしない「最小参加社会」(『政治参加論(2020)』蒲島郁夫・境家史郎)である。政治に対する不満や不信、将来に対する強い不安はあるものの、投票以外の行動には移さない。さらに、少数ながらデモに参加するような、政治的にアクティブな人に対する視線も冷たい。

筆者らが行った研究では、日本人は政治的なデモ参加者と同僚になったり食事に行ったりすることを強く忌避する傾向を示した(『Why are politically active people avoided in countries with collectivistic culture? a cross-cultural experiment. Journal of Cross-Cultural Psychology(2021)』Testuro Kobayashi, et al)。また、こうした傾向がみられるのは研究対象となった9の国と地域(米国、英国、フランス、ドイツ、日本、中国、韓国、インド、香港)のうち、日本と中国だけであった。日本人は政治参加しないだけでなく、政治参加する人を避けるのである。

政治学における分断の研究は、人々が政治的な立場や意見を持っていることが前提となっている。イデオロギー的な対立があるということは、人々が自分のイデオロギー的位置を自覚しているということだし、より感情的な極性化においても、自分がどのような党派に属しているのかを認識している必要がある。

しかし、こうした分断の定義では、政治的なアリーナから完全撤退してしまった人たちを取りこぼしてしまう。「できれば政治とは関わりたくない」という人々にとってイデオロギーや党派性の意味は薄く、既存の分断の軸にはうまく位置づけられない。むしろ、「最小参加社会」日本における分断は、政治に(まだ)関与し続ける人々と、政治的な領域から撤退した人々の間にこそ立ち現れるのではないか。こうした関心のもと、「スマートニュース・メディア価値観全国調査(SmartNews Media, Politics, and Public Opinion Survey)」(以下、SMPP調査)では政治との距離を測る項目がいくつか盛り込まれた。

政治に対する忌避は、政治的疎外や政治的不信などの概念で研究されてきた。日本では、池田謙一が私生活志向という概念に基づいて、2000年代の小泉純一郎政権期にいくつかの重要な知見を提出している。しかし、2010年代に私生活志向に関する研究はあまり行われず、私生活志向が今の日本で上昇しているのか、私生活志向が何をもたらしているのかについての知見がアップデートされていない。そこで、ここではまず、過去のデータとSMPP調査を比較して私生活志向のトレンドを見てみよう。

池田(『政治のリアリティと社会心理:平成小泉政治のダイナミックス(2007)』池田謙一)によれば、私生活志向には「政治非関与」と「私生活強調」という2つの下位概念が存在する。ここではそのうちの「政治非関与」に注目する。政治非関与は以下の5項目で測定される。

・政治とは自分から積極的に働きかけるもの(反転項目)
・政治とは監視していくもの(反転項目)
・政治とは、なるようにしかならないもの
・政治的なことにはできればかかわりたくない
・私と政治との間に何の関係もない

この5項目のデータを合成することで「政治非関与」の尺度を作る。この尺度は0から1までの値をとるように変換されている。高い方が政治に関与しない傾向が強い、つまり政治との距離が大きいことを示す。まったく同じ5項目が測定された過去の全国調査データと合わせてプロットすると、図1のようになる。

図1 政治的非関与の推移
小林1_3.png

2000年代は0.35~0.4の間でほぼ安定していたのが、2023年のSMPP調査ではもっとも高い値になっている。SMPP調査が郵送調査であり、2000年代のデータが対面インタビュー調査である差異に注意する必要があるが、「政治とは関わりたくないし、監視もしたくない」といったような「私生活志向」は上昇傾向にあるのかもしれない。

政治とは関わりたくない人が増えると、どのようなことが生じるだろうか? ここでは、「自助努力志向」との関連をみてみよう。自助努力志向とは、「自分の世代にプラスにならない年金保険料を払う必要はない」「税金を負担しても、行政サービスとして十分な見返りを得ていない」「自分の将来の生活は自分や家族だけが頼りで、政府や制度に頼れない」「全ては自助努力、政府に頼るな、と思う」の4項目を合成して作成された。値が大きいほど、政府が提供する社会保障などのサービスには頼らずに何でも自助努力、自己責任で生きていこうとする傾向が強いことを示す。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

日経平均2カ月ぶり4万円、日米ハト派織り込みが押し

ワールド

EU、防衛費の共同調達が優先課題=次期議長国ポーラ

ワールド

豪11月失業率は3.9%、予想外の低下で8カ月ぶり

ワールド

北朝鮮メディア、韓国大統領に「国民の怒り高まる」 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:韓国 戒厳令の夜
特集:韓国 戒厳令の夜
2024年12月17日号(12/10発売)

世界を驚かせた「暮令朝改」クーデター。尹錫悦大統領は何を間違えたのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼンス維持はもはや困難か?
  • 2
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達した江戸の吉原・京の島原と並ぶ歓楽街はどこにあった?
  • 3
    男性ホルモンにいいのはやはり脂の乗った肉?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 5
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 6
    ノーベル文学賞受賞ハン・ガン「死者が生きている人を…
  • 7
    韓国大統領の暴走を止めたのは、「エリート」たちの…
  • 8
    「男性ホルモンが高いと性欲が強い」説は誤り? 最新…
  • 9
    「糖尿病の人はアルツハイマー病になりやすい」は嘘…
  • 10
    統合失調症の姉と、姉を自宅に閉じ込めた両親の20年…
  • 1
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼンス維持はもはや困難か?
  • 2
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    2年半の捕虜生活を終えたウクライナ兵を待っていた、妻の「思いがけない反応」...一体何があったのか
  • 4
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 5
    国防に尽くした先に...「54歳で定年、退職後も正規社…
  • 6
    朝晩にロシア国歌を斉唱、残りの時間は「拷問」だっ…
  • 7
    「男性ホルモンが高いと性欲が強い」説は誤り? 最新…
  • 8
    男性ホルモンにいいのはやはり脂の乗った肉?...和田…
  • 9
    人が滞在するのは3時間が限界...危険すぎる「放射能…
  • 10
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼ…
  • 9
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中