本を読まないヘンリー王子の回顧録は「文学作品としては最高峰」──ゴーストライターの手腕とは?
Prince Harry’s Book Is Just Good Literature
ゴーストライターの工夫と技が随所に光るヘンリー王子の告白本 CELAL GUNESーANADOLU AGENCY/GETTY IMAGES
<いたずらっ子のちゃめっ気エピソードも適度にまぶし、筆致も魅力的な『スペア』。王子自身の好感度アップには貢献しても、メディアには苦しめられ続けるというジレンマ>
イギリスのヘンリー王子の回顧録『スペア』の中には、2015年に受けたインタビューの話が出てくる。
独身生活を満喫しているヘンリーのことを、1990年代のベストセラー小説(レニー・ゼルウィガー主演で映画化もされた)『ブリジット・ジョーンズの日記』の主人公になぞらえる人がいると言われ、王子は当惑する。だが『スペア』の文脈から考えると、あながち間違った例えとも言えない。
というのも『スペア』は、90年代後半のイギリスではやった、独り善がりの独身者が気付きを得て真の愛に目覚め、一皮むけた大人に成長するというタイプの小説みたいに読めるからだ。女性が主人公の『ブリジット......』がしっくりこないなら、『ハイ・フィデリティ』や『アバウト・ア・ボーイ』ならどうだろう。
一つ言っておくなら、私がこの本で最も気に入った部分と、多くの読者の気に入った部分はたぶん一致しない。一通りの予備知識は持っていたけれど、私はイギリス王室にも王族たちの行動にも強い関心を抱いたことはない。
驚いたのは、本の前半が魅力的な文学作品に仕上がっていたことだ。これは間違いなく、執筆に協力したJ・R・モーリンガーの手柄だ。彼は業界で引く手あまたのゴーストライターで、ピュリツァー賞の受賞歴を持つジャーナリストでもある。
元テニス選手アンドレ・アガシの回顧録のゴーストライターを務めた際には、アガシの住むラスベガスに自らも2年暮らした。そして長い長い時間をかけてアガシにインタビューし、スポーツ選手の自伝の金字塔と言われるまでの作品に仕上げたのだ。
ヘンリーは自身も認めるとおり、「それほど本が好きではない」。冒頭で引用されているアメリカの小説家ウィリアム・フォークナーの言葉「過去は決して死なない。過ぎ去りさえしない」に衝撃を受けたと言いつつ、インターネットの名言サイトでこのフレーズを初めて見た時にまず思ったのは「フォークナーって誰?」だったという。
各場面のリアルな肌触り
本作で描かれるヘンリーはいかにも男っぽい男で、頭で考えるより行動するタイプだ。アウトドアや仲間たちと酒を飲むのが性に合っている。