本を読まないヘンリー王子の回顧録は「文学作品としては最高峰」──ゴーストライターの手腕とは?
Prince Harry’s Book Is Just Good Literature
軍隊生活も基礎訓練で体をいじめることも、攻撃ヘリのアパッチを操縦することも大好きで、アフガニスタンでの2度にわたる軍務にもプラスの感情を抱いている。南極および北極の探検隊に加わり、北極に行った際には大事なところに軽い凍傷を負った......なんて話まで出てくる。
小説であれ回顧録であれ、本の書き手や読み手にヘンリーのようなタイプの人はあまりいない。書き手がこの手のタイプの人物を強く意識することも少ない。
自身について深く掘り下げて考えたことのない人の内面を、どうやって言葉にするのだろう。同じくモーリンガーの協力で回顧録を出したナイキの創業者、フィル・ナイトはニューヨーク・タイムズ紙の取材にこう答えている。
「(モーリンガーは)精神分析医みたいだった。彼の前では、自分がそんなことを言うとは思ってもみなかったようなことが口を突いて出てくる」
場面場面のリアルな肌触りを再現するために、モーリンガーがどれほどヘンリーに対し、感覚的な細かい部分まで思い出させようとしたことか。読みながら繰り返し繰り返し考えずにはいられなかった。
例えばバルモラル城のベッドリネンの描写はこうだ。
「寝具は清潔でぱりっとしていて、さまざまな色合いの白だった。真っ白いシーツ。クリーム色がかった毛布。淡いベージュがかったキルト。......全てがスネアドラムのようにピンと張られ、しわ1つないせいで、100年分の穴や裂け目をかがったところが目についた」
細かい描写を通してシーツの滑らかな手触りだけでなく、家事仕事に一切の手抜きがないことや、上流階級らしい節約ぶりといったものまで伝わってくる。書き手の文芸作品的な技が光る部分だ。
「広報マン」のジレンマ
ヘンリーのような、気質も好みも作家タイプとは対極的な(下手をすれば学校でそういうタイプの子供をいじめていたかもしれない)男性と言えば、本の中では敵役として登場するのが普通だ。
だがモーリンガーは、この異色の主人公を読み手が好感を持つように描かなければならなかった。母の死の悲しみや、跡取りである兄の「スペア(予備)」としての役割を押し付けられたことへの苦悩を中心にヘンリーの人柄を描いたのは安直と言えば安直だ。