デジタル監視システムでおとり捜査は不要? 汚職操作めぐり賛否渦巻くインドネシア
こうした良識派としての一面がある一方、最近は中国の経済支援やインフラ支援をバックアップするなど親中姿勢を強めている。また、発言には一貫性をかけることも目立ち、ジョコ・ウィドド大統領のコントロールが及ばないのではないかとの見方もでている。
パンジャイタン調整相は「囮捜査」批判の最大の理由として「どんなに囮捜査をしたところで汚職率は依然として高く、囮捜査は汚職犯罪の抑止力として機能していない」と言うが、この理屈は誰がどう考えても首をかしげざるを得ない。そのため人権団体や反汚職を掲げる団体からの批判を招いているのだ。
KPKが反論するが、政界は......
こうしたパンジャイタン調整相の度重なる「囮捜査」批判や「国家の威信、信頼を損ねる」などという批判理由に、これまで沈黙を守ってきたKPKがついに反論を開始した。
1月18日にKPKのアリ・フィクリ報道官は「そのような捜査(囮捜査)を回避する唯一の方法は汚職を犯さないことだ」と強調。短いが至極当然の反論には人権団体や反汚職団体から拍手喝采で迎えられた。
KPKはさらに「囮捜査は十分な事前捜査の結果であり、汚職の容疑が濃厚になった場合の最終的な犯罪容疑確定の手法としてのみ実施しており、現行犯逮捕、証拠保全を目指したものである」と述べ、現職閣僚による「囮捜査」批判を厳しく、理路整然と批判し返したのだ。
ここで述べられた反論は、ごく当然で当たり前の内容であり、これを理解しない調整相の「良識」を改めて疑うものだった。
KPKは2003年に独立の英雄であるスカルノ初代大統領の長女で第5代メガワティ・スカルノプトリ元大統領時代に政府の肝いりで創設された機関で、1998年に崩壊したスハルト長期独裁政権時代の悪弊である汚職の一掃を目指した組織として国民の期待と信頼を集めている。
一連の「囮捜査」批判にジョコ・ウィドド大統領は賛否の立場を明確にすることなく公式には沈黙を守っている。さらに他の閣僚、国会議員らも沈黙を守っているのは「囮捜査」への言及がブーメランとなって自身に「汚職容疑」となって戻ってくることへの警戒があるとみられている。
こうした大統領以下の政治家たちの姿こそ、インドネシアの汚職の底知れぬ深さを物語っていると言えるだろう。
[執筆者]
大塚智彦(フリージャーナリスト)
1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など