長官はじめ全警察幹部400人超に辞表求める フィリピン麻薬汚染者を調査、問題あれば即クビに
その後も「ICC脱退前の捜査事項は有効」と捜査継続の姿勢をICCは示していたがドゥテルテ大統前領はICCの調査への協力を拒否して、調査官らのフィリピン入国も認めなかった。この超法規的殺人による犠牲者は2016年のドゥテルテ前大統領就任以降、警察統計では確定数で約6300人、調査中の数字では約8000人としているが、人権団体などは2万人から3万人と推計し、警察発表とは大きく食い違っている。
犠牲者の中には麻薬犯罪と無関係の少年や人違いなどが含まれているほか、一般犯罪の容疑者射殺、麻薬組織の抗争による見せしめ、個人的怨恨に基づく殺害なども含まれていることが犠牲者の数字が食い違う一因とされている。
2022年6月に就任したマルコス大統領は就任直後から麻薬問題解決を重要課題としながらも、ドゥテルテ前大統領が黙認してきた超法規的殺人という手法の見直しを打ち出しているほか、麻薬常習者のリハビリテーションと青少年などへの教育に重点を置くよう政策を転換している。
その麻薬問題解決の一環として取り締まる側の警察内部から麻薬問題を一掃するとして今回の全幹部の辞表提出という思い切った手段に踏み切った。
マルコス大統領の就任後警察は実に2万4000回を超える「囮(おとり)捜査」で約3万人の麻薬関連犯罪容疑者を逮捕する一方、殺害された容疑者は12人にとどまっていると警察はしているが、一方で地元メディアなどは約50人が殺害されたと伝えている。
ラモス大統領時代にも同様の手法
フィリピン社会に麻薬問題は深く根付いており、摘発する側の警察官による押収した麻薬の所持や使用、横流しといった関与は公然のことだった。
こうした歴史的な経緯を反映して1993年には当時のフィデル・ラモス大統領が国家警察幹部に「麻薬犯罪に関与している幹部の自主的退職を求める」として7日間の猶予を与えて辞職を勧告したことがある。
この時は審査委員会が45日後にラモス大統領に勧告を出し、その結果少将以上の将官と大佐クラスの約70人が自主的に退職したという。
このように国家警察それも幹部警察官の間に広がる「麻薬汚染」は長年深刻な問題とされてきたが、ラモス大統領後は政府による具体的な対処は実質行われてこなかった経緯がある。
それだけに今回「麻薬関連犯罪の捜査はまず身内から」というマルコス政権の「英断」に国民は大きな期待を寄せており、今後どのくらいの幹部が「辞表提出」に応じ、何人の幹部が「そのまま辞表が受理」される、つまり麻薬に汚染されていたのかが大きな注目を集めている。
[執筆者]
大塚智彦(フリージャーナリスト)
1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など