子ども32人含む125人の犠牲者を生んだサッカー場の惨事 「アモック」というインドネシア人の集団心理が背景に
警備陣、主催者側にも問題点
今回事件が起きた試合はインドネシアのサッカー1次リーグの対戦で、地元チームと同じ東ジャワ州内のスラバヤのチームという好カードの試合だった。そのため主催者はスタジアムの定員3万8000人を大きく上回る4万2000人分のチケットを販売していたことが事件後に判明、問題となっている。
この定員無視もインドネシアでは常態化しており、大幅な定員オーバーで沈没して犠牲者を出している船舶事故が頻発している。
現在はなくなったが1998年前後まではバスや列車の屋根に無賃乗車する市民も多く、転落事故もたびたび発生し、この国の「風物詩」として海外メディアに取り上げられる状態が続いていた。
こうした定員無視、警察の催涙弾使用という禁じ手による過剰警備、そして「アモック」状態に陥ったファンという3つの要素が絡み合った結果として大惨事になったとの見方が有力視されている。
インドネシアは2023年に20歳以下の選手が競う「FIFAU-20ワールドカップ」の開催が予定されている。
国技ともいわれている(他の説もある)サッカーはボール1個と空き地があれば誰でも興じることが可能な国民的スポーツである。
全国の公園や空き地、草地では裸足で駆け回ってボールを一生懸命追いかける子供たちの姿が必ずみられる。
そうしたサッカーファンの子どもたちが32人も犠牲になった今回の事件は、インドネシアが国際的なサッカーの試合を開催する能力が本当にあるのか試されていると地元メディアは伝えている。
ジョコ・ウィドド大統領にとっても、インドネシアのサッカー協会や関係者とっても、子供たちやサッカーファンの期待を裏切らないよう今回の事件の複雑な問題点を検証して、真に有効な対策を打ち出せるかが問われている。
また、警察組織に対する「捜査のメス」がどこまで入るかも焦点となっている。
最近、警察少将による部下の射殺事件と同事件に国家警察の約100人が関係した組織的隠蔽工作、パプア地方で一般市民4人を殺害して遺体をバラバラにして川に投棄するという事件への警察官の関与と、インドネシアでは警察の不祥事が相次いで発覚。国民の間で警察の権威がこれまでなく失墜している。
それだけに警察の根本的改革を念頭にしたジョコ・ウィドド大統領の手腕も同時に問われている。
[執筆者]
大塚智彦(フリージャーナリスト)
1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など