最新記事

科学

関東某所の井戸で「幻の虫」を発見?──昆虫学者は何をやっているのか

2022年6月1日(水)11時14分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

mushi-20220601.jpg井戸の底から汲み出された無傷の「謎のプラナリア」。とても小さな目と、背中には"乳首"が......。提供:小松貴

絶滅危惧I類の「カントウイドウズムシ」か?

「幻の虫」がカントウイドウズムシかどうかは、実はまだ明らかになってはいない。なにしろ大正時代に初めて確認されてから、ほとんど謎の生き物で、ひと頃は完全に姿をくらませていた。しかもツメの先ほどの小ささで、見ただけですぐにわかるような生物ではない。

細部の構造、DNAその他もろもろ、専門家が精査に精査を重ねてようやく結論が出るという。現在の研究の進捗状況として、「いわゆるカントウイドウズムシそのものではない可能性を否定できない」と小松は書いている。

それは、これはカントウイドウズムシではなく、新種である可能性があるという意味だ。だとすると、超希少種発見の、さらに上をいく超々大発見となる。小松は次のように言う。

「トキとかイリオモテヤマネコ、ヤンバルテナガコガネなんかの派手な連中と違って、多くの絶滅危惧の生き物たちはみんな地味な連中ばかりです。誰からも見向きもされません。それこそ人に知られる前に彼らは絶滅しています。

でも、絶滅するにはそれなりの理由があるわけで、そこには何らかの環境変化がある。もし、その変化が実は人類滅亡につながるようなものだったりしたら、どうでしょう? その微妙な環境変化に気付くためにも、私は日々研究活動を続けているんです。研究費がつくような分かり易いものばかりだと、絶対に気付けませんよ」

現在、小松の肩書は「在野の研究者」。少し前まで無給ポストの「国立科学博物館協力研究員」だったが、それも任期が切れてしまったのだ。それゆえに、彼は「昆虫学者は職業ではない、生き方だ」と言い、執筆と昆虫の写真撮影で自らの研究費を捻出している。生活費については妻に頼っているという。

実は小松のような研究者は珍しくなく、研究者のポストと待遇、そして研究環境はここ十数年、社会問題となっている。

日本の科学研究は長年、世界をリードしてきたが、今は過去の「遺産」をどうにか食い尽くしているだけで、これからはノーベル賞級の研究は出てこないだろうとも言われている。つまり、研究者個人の「やりがい」に依存している状況なのだ。

本書は、コロナ禍の移動制限における昆虫学者のドタバタ奮闘記ではあるが、科学を政策として国がどう考え、支えていくのかという、日本の学術研究のあり方をも問い直す内容となっている。

「将来、昆虫ハカセになりたい」という、未来の昆虫学者たちに夢ある国と社会はどうあるべきなのかということも、考えさせられる1冊だ。

怪虫ざんまい──昆虫学者は今日も挙動不審
 小松貴 (著)、中村一般 (イラスト)
 新潮社

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

ECB総裁、欧州経済統合「緊急性高まる」 早期行動

ビジネス

英小売売上高、10月は前月比-0.7% 予算案発表

ワールド

中国、日本人の短期ビザ免除を再開 林官房長官「交流

ビジネス

独GDP改定値、第3四半期は前期比+0.1% 速報
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 6
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 7
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 8
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 9
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中