関東某所の井戸で「幻の虫」を発見?──昆虫学者は何をやっているのか
井戸の底から汲み出された無傷の「謎のプラナリア」。とても小さな目と、背中には"乳首"が......。提供:小松貴
絶滅危惧I類の「カントウイドウズムシ」か?
「幻の虫」がカントウイドウズムシかどうかは、実はまだ明らかになってはいない。なにしろ大正時代に初めて確認されてから、ほとんど謎の生き物で、ひと頃は完全に姿をくらませていた。しかもツメの先ほどの小ささで、見ただけですぐにわかるような生物ではない。
細部の構造、DNAその他もろもろ、専門家が精査に精査を重ねてようやく結論が出るという。現在の研究の進捗状況として、「いわゆるカントウイドウズムシそのものではない可能性を否定できない」と小松は書いている。
それは、これはカントウイドウズムシではなく、新種である可能性があるという意味だ。だとすると、超希少種発見の、さらに上をいく超々大発見となる。小松は次のように言う。
「トキとかイリオモテヤマネコ、ヤンバルテナガコガネなんかの派手な連中と違って、多くの絶滅危惧の生き物たちはみんな地味な連中ばかりです。誰からも見向きもされません。それこそ人に知られる前に彼らは絶滅しています。
でも、絶滅するにはそれなりの理由があるわけで、そこには何らかの環境変化がある。もし、その変化が実は人類滅亡につながるようなものだったりしたら、どうでしょう? その微妙な環境変化に気付くためにも、私は日々研究活動を続けているんです。研究費がつくような分かり易いものばかりだと、絶対に気付けませんよ」
現在、小松の肩書は「在野の研究者」。少し前まで無給ポストの「国立科学博物館協力研究員」だったが、それも任期が切れてしまったのだ。それゆえに、彼は「昆虫学者は職業ではない、生き方だ」と言い、執筆と昆虫の写真撮影で自らの研究費を捻出している。生活費については妻に頼っているという。
実は小松のような研究者は珍しくなく、研究者のポストと待遇、そして研究環境はここ十数年、社会問題となっている。
日本の科学研究は長年、世界をリードしてきたが、今は過去の「遺産」をどうにか食い尽くしているだけで、これからはノーベル賞級の研究は出てこないだろうとも言われている。つまり、研究者個人の「やりがい」に依存している状況なのだ。
本書は、コロナ禍の移動制限における昆虫学者のドタバタ奮闘記ではあるが、科学を政策として国がどう考え、支えていくのかという、日本の学術研究のあり方をも問い直す内容となっている。
「将来、昆虫ハカセになりたい」という、未来の昆虫学者たちに夢ある国と社会はどうあるべきなのかということも、考えさせられる1冊だ。
『怪虫ざんまい──昆虫学者は今日も挙動不審』
小松貴 (著)、中村一般 (イラスト)
新潮社
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