関東某所の井戸で「幻の虫」を発見?──昆虫学者は何をやっているのか
相当「ヤバい」発見
カントウイドウズムシという生物がいる。ムシと言っても昆虫ではない。時に理科の実験で使われる、切っても切っても、それぞれの断片が1個体に再生してしまうプラナリア(扁形動物)の仲間だ。彼らの中には、地下水にのみ生息する種がいくつも知られ、それら全てが捕獲困難なものばかりとなっている。
カントウイドウズムシは1916年、東京の市ヶ谷にかつて存在した井戸で得られた個体に基づき、新種として記載されたものだ。地下水性生物として日本で最初に報告された、由緒正しき来歴を持っている。
しかしその後、この井戸は消滅し、本種[編集部注:カントウイドウズムシ]の存続の有無が全く分からなくなってしまった。それが1965年、ひょんなことから小松が「幻の虫」を発見した井戸から10キロほど離れた地点の、とある個人宅の井戸にいることが判明し、以後現在に至るまでこの敷地周辺の井戸が本種の日本、いや地球上唯一の生息地だった。
環境省のレッドリストでもランクの高いⅠ類(CR+EN)にまで指定された貴重な種で、この井戸がもし災害などで破壊されたり、水質汚染などでだめになったら、もう他にこの生物を見られる場所がこの世のどこにもないという。
そうしたことから、現在の生息地を何としても守り抜くとともに、万一あるかもしれない第二第三の生息地を新たに見つけ出すことが、本種の保全上急務とされている。
(略)
通い始めてからもう幾日が経っただろうか。今日も今日とて1000回漕ぐつもりでガシガシやるが、やはり出るのはうんざりする数のヨコエビ。でも、一度1000回漕ぐと決めたからには貫徹しよう。その日もそう思って漕ぎ続け、800回ほど漕いだ頃、出汁パックに溜まった土砂をまた洗おうと、すでに土砂の溜まったプラスチック容器を手に取った。
と、その時。私は容器内に、10匹程度のヨコエビ共に交じり、明らかにそれらとは違う風貌の、白くて動くものを見た。
(『怪虫ざんまい──昆虫学者は今日も挙動不審』、新潮社、74−76ページより)