最新記事

日本

「ヒュブリス」だった東京五輪が日本に残す教訓

THE TOKYO "HUBRIS" OLYMPICS

2021年9月8日(水)10時30分
西村カリン(ジャーナリスト)

magSR20210908hubrisolympics-4.jpg

五輪会場はパラレルワールドだったのか EBICO-ISTOCK

それは主催者が日本全体の感染拡大を防ぐことよりも、選手を守ることを優先したからだろう。五輪参加者の1日の検査数は、東京都全体の検査数より多く、そのほかの感染対策も、外国から来た関係者向けのほうが国内関係者向けより厳しかった。

東京都医師会の尾﨑治夫会長は記者会見で、「オリンピックでかなりの感染者が出ている」と指摘した上で「バブルが十分にできたわけでもない」と述べたが、バブルに穴をつくったのは、むしろ私も含めた国内関係者だった。

毎日、MPCなどで外国の関係者と接触した後、自分の家族など一般人と接触したからだ。ワクチン接種が間に合わなかったボランティアも同じ。国内関係者の感染者については、濃厚接触者の有無や入院、重症化、死亡の情報は公表されず、透明性が乏しかった。

東京の感染状況が日々悪化したことについて、IOCのトーマス・バッハ会長やスポークスマンの会見での回答はいつも同じだった。「外での感染状況は残念だが、われわれと関係ない。われわれはほぼパラレルワールドで過ごしている。世界で最も検査を受け、最もワクチン接種率が高いコミュニティーだ」。

IOCの「上から目線」は変わらず、日本政府はその姿勢を事実上支持した。菅首相もバッハ会長も、定義がなく、基準もなく、意味不明の「安全・安心な大会」という表現を使い続け、閉幕後も「安全・安心な大会が実現した」と胸を張った。

感染拡大を世界は無視した

世界での報道はどうだったのか。来日したのはほぼ全員スポーツ記者である上、五輪の施設と競技以外の取材はできなかった。報道の自由を守りつつ十分な感染対策をするには入国後14日間の完全隔離が必要だが、それは非現実的だったからだ。

ほとんどのマスコミは財務状況が厳しい。数人の記者に仕事をさせずホテルで14日間隔離しておくのは、時間とお金の無駄だ。だからIOCなどの圧力を受けた日本政府は隔離を免除し、代わりに行動制限を行った。

結果的に五輪以外の日本の良いところは報道されず、大会をめぐる一連の不祥事や、感染状況と競技結果だけが外国に発信された。歴史に残るのは、スポーツの記録と「パンデミック(感染症の世界的大流行)の中で五輪を開催したこと」だ。

残念ながら、五輪の閉幕直後にかつてない感染状況に陥った日本のことは外国ではほとんど誰も気にしていない。開会式に出席したフランスのエマニュエル・マクロン大統領も、「東京五輪はパンデミックに打ち勝つことができると証明するイベントになってほしい」という立場だった。

日本の感染状況についての知識も意識もなさそうだったが、理由はIOCのスポークスマンが言ったように「他国のほうが大変な状況だった」から。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

岸田首相、「グローバルサウスと連携」 外遊の成果強

ビジネス

アングル:閑古鳥鳴く香港の商店、観光客減と本土への

ビジネス

アングル:中国減速、高級大手は内製化 岐路に立つイ

ワールド

米、原発燃料で「脱ロシア依存」 国内生産体制整備へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元カレ「超スター歌手」に激似で「もしや父親は...」と話題に

  • 4

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表.…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 9

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 10

    マフィアに狙われたオランダ王女が「スペイン極秘留…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中