カラフルで楽しさ満載の『イン・ザ・ハイツ』で久々に味わう夏の解放感
Bright-Colored Summer Fun
タクシー会社で働く青年ベニー(コーリー・ホーキンス)は大学から帰省中のニーナ(レスリー・グレース)に片思い。名門スタンフォード大学に進んだニーナは地元の誇りだが、退学を考えている。タクシー会社を営む父(ジミー・スミッツ)にこれ以上負担をかけたくないからだ。
ほかにもさまざまな人生が交錯し、美容師3人組が際どい言葉でゴシップを近所に触れ回る。3人組には演劇界で長年活躍するダフニ・ルービン・ベガ、ステファニー・ビアトリス(『ブルックリン・ナイン-ナイン』)、ダーシャ・ポランコ(『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』)が扮した。
ストーリーの一つ一つがコミュニティー内の葛藤や対立を浮き彫りにする。国外から来た親世代の野心と、それとは大きく異なる子供たちの夢。変化を拒む住民と、再開発の波を受け入れ事業を畳む人々。ウスナビやバネッサのように新天地に憧れる若者がいれば、ニーナのように故郷に戻りたい者もいる。
不法移民の若者たちは必然的に格差や人種差別を想起させるが、そうした問題に深く切り込んだとは言えない。この映画は大都市の貧困や住宅政策の考察ではなく、ニューヨークに共生する多様なヒスパニック文化をたたえる軽やかな音楽劇なのだ。
そんな持ち味は、後半の見どころのダンスバトルに鮮やかに表れている。
停電の夜に誰からともなくステップを踏み、ドミニカ系、プエルトリコ系、メキシコ系にキューバ系が入り乱れて踊る。ルーツへの誇りと移民の暮らしを歌う「カルナバル・デル・バリオ」を聞けば、自然と『ウエスト・サイド物語』の「アメリカ」のダンスシーンが心に浮かぶ。
映画館で見たくなる1本
一部のストーリーは尻すぼみに終わる。ロマンスには大した障害がない代わりに、スリルもない。「才色兼備でイケメンの彼氏までいるニーナは大学に戻るのか」「宝くじを当てたのは誰なのか」といった疑問が、重みのあるドラマに発展するわけもない。
『イン・ザ・ハイツ』は、いわばカラフルな洗濯物。しゃれた感じに古びた建物の間に物干し用のロープが張られ、思わずハミングしたくなるバラードや早口のラップがはためいている。
ミランダはなんと大学2年生で、このミュージカルの作曲を始めた。歌と語りが半々の『イン・ザ・ハイツ』は、全編を歌でつないだ『ハミルトン』のような野心作に挑むための習作だった。習作としては見事だが、限界はある。
もっとも解放感あふれる夏という設定だけで、コロナ禍の1年、人と触れ合いたいのを我慢し家でじっとしていた観客を引き付けるには十分だろう。映画が描く夏の町では娘たちがヘソ出しルックで闊歩し、消火栓から水が噴き出し、かき氷売りがやって来る。
だから筆者は、この映画を1年ぶりに劇場で見る最初の1本に決めた。2021年のベストどころかこの夏のベストでさえないかもしれない。だが外の世界との再会を祝うのに、『イン・ザ・ハイツ』は最高の映画だ。
©2021 The Slate Group
IN THE HEIGHTS
『イン・ザ・ハイツ』
監督/ジョン・M・チュウ
主演/アンソニー・ラモス、コーリー・ホーキンス