カラフルで楽しさ満載の『イン・ザ・ハイツ』で久々に味わう夏の解放感
Bright-Colored Summer Fun
ウスナビ(左)とバネッサは町を出て新しい人生を築くことを夢見ている HBO MAX-SLATE
<ニューヨークの中南米系移民社会を描いたミュージカル映画『イン・ザ・ハイツ』は、気軽に楽しめて抜群に軽やか>
オープニングでかき氷屋の男がキャッチーな口上を歌いながら売るかき氷にも似て、『イン・ザ・ハイツ』はこの夏、特にうれしいエンターテインメントだ。
2008年にブロードウェイで初演しトニー賞4冠に輝いたミュージカルを、ジョン・M・チュウ監督(『クレイジー・リッチ!』)が映画化した。ちょい役のかき氷売りに扮したのはオリジナル版で作詞作曲と主演を務め、後に傑作『ハミルトン』で世界に名をはせたリン・マヌエル・ミランダだ。
今回ミランダはプロデューサーとして裏方に回り、主演は『ハミルトン』のアンソニー・ラモスにバトンタッチ。ラモスは再開発と地価の高騰が忍び寄るマンハッタンのワシントンハイツ地区で食料品店を営む若者ウスナビを、完璧に演じ切った。
かき氷は暑い日に涼を取るには最高だが、栄養はないし、すぐに溶けて砂糖水になる。そんな点でも『イン・ザ・ハイツ』はかき氷に近い。
舞台作品の映像化は、どんなものでも難しい。突然登場人物が歌いだす演出に拒絶反応を示すアンチ派も多いミュージカルとなれば、ハードルはさらに高くなる。
この映画を見てミュージカル嫌いを克服する人はいないだろう。また、もともとありきたりなストーリーをさらにセンチメンタルに味付けした点に舞台版のファンは不満を抱くかも知れない。
それでもミュージカル映画に立ちはだかる最大の難問はクリアした。この状況ならこのキャラクターが突然歌いだすのも当然だと観客が納得できる形で、ミュージカルナンバーを盛り上げたのだ。
主要なキャラクターが次々に紹介される華やかなタイトル曲には、ラップと歌と語りが自然に同居する。語りは音楽のリズムを邪魔することなく、オペラの朗唱のように物語を先へと引っ張っていく。
歌が終わり会話に移った途端、流れが途切れるのは惜しい。キアラ・アレグリア・ヒューディーズの脚本は、舞台でも最大の弱点とされた。
とはいえそれほど待たずに次の歌が始まるから、退屈はしない。
ほぼ全ての主要キャラに、夢や希望を歌うシーンがある。とりわけ地域の住民に母と慕われる老女クローディアが、キューバから移民した子供時代を振り返るソロ曲は絶品。演じるのは、ブロードウェイでもこの役で話題をさらったオルガ・メレディスだ。
若者たちの恋と希望と
主人公のウスナビは、幼い頃ドミニカ共和国からヒスパニック系が多いワシントンハイツに移り住んだ。
孤児になってからは母代わりのクローディアに育てられ、今は両親が遺した店を売って祖国に戻ることを夢見ている。彼が思いを寄せるバネッサ(メリッサ・バレラ)は、町を出てファッションデザイナーとして成功するのが夢だ。