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ヤクザの腕を切り落とした半グレ「怒羅権」創設期メンバーが本を書いた理由

2021年6月28日(月)17時05分
印南敦史(作家、書評家)


 怒羅権は「喧嘩が汚い」「タイマンでも金的蹴りなどの反則技が多い」と非難されます。ナイフで相手を刺すことも一切躊躇しないため、凶悪な集団だと恐れられ、「包丁軍団」と呼ばれることもあります。
 しかし、刃物を使うのは当たり前のことなのです。
 3日も4日も食べないことが珍しくなく、体力がありません。そうした者が喧嘩で生き残るためには速やかに相手を倒す必要があります。つまり、刃物を使うことに限って言えば、凶暴だから使ったわけではなく、むしろ考えた末、生き抜くために使ったというのが正しいのです。
 ナイフを使う最大の目的は、血を大量に流させ、相手の戦意を奪うことでした。だから「怒羅権はすぐに刺す」などと言われますが、実は私たちは刺すよりも切ることを優先します。その方が出血は多くなりますが、致命傷になることは少ないのです。(76ページより)

繰り返すが、だからといって刺すことを正当化するわけにはいかない。しかし、当時の彼らには生きていかなければならないという目的があった。だから「刺す」のではなく「切る」という手段を選んだということなのだろう。

そして、「生きていかなければならない」という問題を突き詰めていくと、やはり環境が及ぼす影響の大きさを痛感せざるを得ない。


 家に両親が揃っていて、円満な関係を築いていれば、学校でいじめられても貧乏であっても自分の居場所はあります。しかし、怒羅権として反抗する生き方を学んだ者は総じて家庭環境が良くありませんでした。片親だったり、親が長期間家をあけることが多かったり、私のように継母に馴染めなかったりしました。
 家はいわば、最後の居場所なのだと思います。それがなかったからこそ、私たちは反抗という道を選んだのではないかと思うのです。(82ページより)

「片親にもしっかり生きている人はいる」といった意見もあるだろう。確かにその通りかもしれないが、いまここで強調したいのはそういうことではない。本書を通じて考えるべきは、「なぜ、日本でいじめられた彼らは反抗という手段を選んだのか」ということではないだろうか。

それについてきちんと考えないと、同じようないじめはまたどこかで起こるかもしれないのだから。

また、そう考えていけば、著者を含む創設メンバーが単なる犯罪集団となってしまった現在の怒羅権を残念に思い、解散させたいと感じているという話にも納得できるはずだ。

怒羅権と私――
 創設期メンバーの怒りと悲しみの半生』
 汪楠 著
 彩図社

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に「ライフハッカー[日本版]」「東洋経済オンライン」「WEBRONZA」「サライ.jp」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」などにも寄稿。ベストセラーとなった『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)をはじめ、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)など著作多数。新刊は、『書評の仕事』(ワニブックス)。2020年6月、日本一ネットにより「書評執筆本数日本一」に認定された。

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