最新記事

アジア

オーウェル的世界よりミャンマーの未来に投資しよう、「人間の尊厳」を原点に

2021年4月23日(金)17時56分
永井浩(日刊ベリタ)
国軍に抗議し、犠牲となった市民を悼む在日ミャンマー人たち(4月18日、東京・増上寺)

国軍に抗議し、犠牲となった市民を悼む在日ミャンマー人たち(4月18日、東京・増上寺) Androniki Christodoulou-REUTERS

<独裁者の国軍か命を賭して抵抗する国民か、いつまでも旗幟を鮮明にしようとしない日本外交の破綻ぶりは、諸外国やミャンマー国民の目にも明らかになりつつある>

4月13日から1週間のミャンマー正月を祝う今年の「ティンジャン」は、2月の国軍クーデター後の「オーウェル的世界」の再来によって例年のにぎわいが影をひそめた。オーウェル的世界とは、ビッグブラザーを頂点とする監視体制下で人間の自由が窒息させられていくディストピア国家を描いた、英国の作家ジョージ・オーウェルの名作『1984年』になぞらえたもので、アウンサンスーチー氏も自国の軍政によくこの表現をつかっている。またオーウェルのこの晩年の傑作の原点は、大英帝国の植民地ビルマ(ミャンマー)での彼の若き日の体験にあるといわれる。百年前にアジアの熱帯の地で彼が目撃したことをふまえた珠玉の短編『象を撃つ』とともに、現在この国で起きていることと、ビッグブラザーと関係の深い日本のすがたを見つめてみたい。(永井浩)

支配する者がまず腐敗していく

ジョージ・オーウェル(本名エリック・ブレア)は、名門パブリックスクール、イートン校を卒業後、卒業生の多くが進むオックスフォードやケンブリッジのエリートの道ではなく、大英帝国のビルマ植民地支配の末端を担う警察官となった。1922年、19歳のときである。彼は27年に英国に帰国するまで、ビルマ各地で勤務した。『象を撃つ』は以下のようなあらすじである。

私はある日、勤務先のモールメインで、象が暴れだし住民を踏み殺しているという通報を受け、最新式のドイツ製ライフルを手に現場に急行する。途中で象に踏み殺された苦力(クーリー)の死体を見るが、現場に着くと、象はもう落ち着いて草をはんでいる。ビルマでは象は、労役用の巨大で高価な機械のようなものだから、これは撃つべきではないと私は思う。

だが、ふとふりむくと、「黄色い顔」の群衆が私が象を撃つものと期待して集まっていることに気づく。彼らの目は、手品を始めようとする奇術師でも見ているようだった。私はそのとき、結局象を撃たないわけにはいかないなと悟り、銃の引き金を引く。象は地響きをたてて倒れた。

東洋における白人の支配の空しさ、虚ろさを私が最初に理解したのは、まさにこの瞬間だった。銃を手にして武器を持たぬ原住民群衆の前に立つ白人の私は、まるで劇の主役のようだった。しかし現実には、今ここで何もせず引き上げると、黄色い顔たちに笑われるのではないか、だから彼らに馬鹿にされまいとして引き金を引き、殺す必要のない象を撃った。「旦那(サヒブ)は旦那らしく動かなくてはならぬ」と。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

バークシャー第1四半期、現金保有は過去最高 山火事

ビジネス

バフェット氏、トランプ関税批判 日本の5大商社株「

ビジネス

バフェット氏、バークシャーCEOを年末に退任 後任

ビジネス

アングル:バフェット後も文化維持できるか、バークシ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
メールアドレス

ご登録は会員規約に同意するものと見なします。

人気ランキング
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中