暴力団は残るも地獄、辞めるも地獄。一般人はそれを「自分には関係ない」と言えるか
「あの時が、最初に人に殺意抱いた瞬間やった」
いい例が、本書で紹介されている「元暴Eさん」の話だ。父親が指名手配犯で、彼が小学校に上がる前に世を去った。そのため母親に育てられるが、当時、母のお腹には妹がいた。その後、母親と内縁関係になった男から虐待を受け、Eさんは非行に走る。衝撃的なのは、妹が小学生になってからのことだ。
年少(少年院)から帰って、妹の通う小学校に行ったんですわ。すると、担任が『おまえの妹はここにおらんで』言うて、児相に行け言うとですわ。『はて、おれのようなワルとは違って、妹は大人しいんやがな』て不審に思いましたよ。で、児相に行って、『おい、兄ちゃんや、帰ったで』言うても、妹はカーテンの影に隠れよるんですわ。『なんやね、おまえ』言うて、カーテンめくったら、ショックで言葉なかったですね。小学校5年生の妹の腹が大きいやないですか。『なんや、おまえ、どないしたんや』と問い詰めますと、妹は、泣きながら『聞かんといて』言うてました。聞かんわけにいきませんがな、とうとう口割らせましてん。まあ、あの時が、最初に人に殺意抱いた瞬間やったですわ。家に入り込んで、おれを虐待したオッちゃんにやられた言いよりますねん。もう、アタマの中、真っ白ですわ。出刃持って家に帰りましたら、ケツまくって逃げた後やったです。あの時、もし、そのオッちゃんが家におったら、間違いなく殺人がおれの前歴に刻まれとった思います。(44~45ページより)
Eさんはそれから数年してヤクザになったそうだ。
これは、極端な例なのかもしれない。しかし、自分の目に入らない場所に、想像もつかないような環境で育ってきた人たちがいることだけは理解しておかねばならないだろう。
彼らには彼らの「理由」があるということだ。それをステレオタイプな基準でジャッジしたとしても、なんの解決にもならない。そういう意味でも私たちは、裏側にある「見えにくい真実」についても考えてみる必要があるのではないだろうか。
『だからヤクザを辞められない――裏社会メルトダウン』
廣末 登 著
新潮新書
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[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に「ライフハッカー[日本版]」「東洋経済オンライン」「WEBRONZA」「サライ.jp」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」などにも寄稿。ベストセラーとなった『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)をはじめ、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)など著作多数。新刊は、『書評の仕事』(ワニブックス)。2020年6月、日本一ネットにより「書評執筆本数日本一」に認定された。